12期・18冊目 『糸車』

糸車 (集英社文庫)

糸車 (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

江戸・深川の宇右衛門店で独り暮らしをするお絹。三十六になる今は小間物の行商で身を立てているが、三年前までは蝦夷松前藩の家老の妻だった。夫は藩内の不穏分子の手にかかり、息子の勇馬は行方不明。お絹は商いを通じて、定廻り同心の持田、船宿の内儀おひろ、茶酌女お君など町の人々と親交を深める。それぞれの悩みに共感し、奔走するうちに、行方不明の息子と夫の死にまつわる噂を耳にして…。船宿の不良娘と質屋のドラ息子の逃避行、茶酌娘と元恋人の切れぬ縁、そしてお絹自身に芽生えた静かな愛情…、心に紡がれる恋の模様。

久しぶりに宇江佐真理の著作を手に取ってみました。
松前藩の家老職にあった夫が江戸藩邸にて藩主蟄居の際の揉め事に巻き込まれて殺されてしまい、たった一人の息子もそのあおりを食ってか出奔して行方知らず。
公儀を恐れて内々に処理された夫の死はもとより、息子のことが心配でたまらず江戸に出たお絹。小間物の行商で身を立てながら、深川の長屋で暮らして息子の行方を探す日々という出だしです。


最北の地と江戸という環境の違いもさるものながら、家老という身分の武家の妻でありながら、庶民の暮らしに身をやつしているお絹の苦労は並大抵のものではなかったでしょう。たびたび回想で描かれるのですが、3年の歳月が経ったことで落ち着いた様子を見せています。
そこには彼女の誠意ある商いとその人柄によって、町奉行の定廻り同心の持田、船宿の内儀おひろ、茶酌女お君など町の人々との親交にも支えられている様子がうかがえました。まさに情けは人の為ならずと言うように、お絹が商売の損得を超えて人のために懸命になるほどにそれが彼女へと返ってくるのがいいですね。
江戸の下町情緒溢れる人情ものとしても読んでいて飽きないのですが、それに加えて夫の死の真実に息子・勇馬の出奔が関わって、先の展開も気になるストーリー。更にお絹に対してほのかな慕情を抱く持田とのお互い配偶者を亡くした同士の男女の恋の行方など、静かな進行ながら最後まで気を抜くことはできません。


最後の結末は人によって思うところが分かれるかもしれません。
時代劇と違って、あくまでも史実に沿うのならば、あれが一番自然な落ち着きどころなのでしょう。タイトルの糸車が生きてきますし。
持田の母の希望通りとなっていたら、それを喜ぶ読者もいたでしょうが、都合良すぎる展開は著者の良しとしなかったのだろうなぁと思いましたね。