11期・52冊目 『遥かなり神々の座』

遙かなり神々の座 (ハヤカワ文庫JA)

遙かなり神々の座 (ハヤカワ文庫JA)

内容(「BOOK」データベースより)

マナスル登頂を目指す登山隊の隊長になってくれ、さもなくば―得体の知れない男から脅迫され、登山家の滝沢はやむなく仕事を請け負った。が、出発した登山隊はどこか不自然だった。実は彼らは偽装したチベット・ゲリラの部隊だったのだ。しかも部隊の全員が銃で武装している。彼らの真の目的は何なのか。厳寒のヒマラヤを舞台に展開する陰謀、裏切り、そして壮絶な逃避行―迫真の筆致で描く、山岳冒険小説の傑作。

冬季のヒマラヤ行で死者を出して撤退した登山家の滝沢は帰国した際に林と名乗る怪しい男から登山隊の隊長になってくれとの依頼を受けます。
ただしそれは全ての計画と資金・人員を林が用意し、滝沢には名目上の隊長になるだけ。
しかも滝沢だけが知る国境を超えた公にできないルートを取るという。
そんな危ない依頼など受けられるはずもないのですが、親しい女性とその婚約者の身の安全をたてにされては断ることもできず、むしろ再びヒマラヤに登れるということに血が騒いで受けてしまったのでした。


やけに揃えられた怪しげな荷物の数々や通常のシェルパとは思えない男たち。
滝沢の知る登山行とはまったく勝手が違っていて戸惑います。
ベースキャンプで高度障害にかかったリエゾン・オフィサーが下山した直後に明らかになったのは彼らはカムパ(中国に占領された後も抵抗を続けているチベット・ゲリラ)であり、別働部隊としてチベット国境側から侵入する役目を持っており、その先導役として滝沢は雇われたのでした。
しかし冬季のチベットは専門家が充分な装備を揃えた上で挑戦するものであり、装備の貧弱な彼らを連れては必ず落伍者が出ると危惧するのですが、ここまで来た以上、引き返すこともできなくなっていたのでした。


これまで何冊も著者のハードな内容の冒険SF作品を読んできましたが、本作は著者自身の経験(もちろん取材も含めて)が裏打ちされていることもあって、生半可な技術や覚悟しか持たない人間など寄せ付けない極寒の地ヒマラヤの厳しい自然環境がよく伝わってくる内容です。
今回はそれに加えて現地の複雑な政治情勢を背景に大国の思惑やゲリラの暗躍。
主人公はいいように利用された挙句に殺されかけたところを老コック*1の協力で逃げ延びたのですが、またそこからがいくつもの尾根や谷や氷河を乗り越えての苦心惨憺たる逃避行が続くわけです。
読んでいて、よくぞ無事に済んだなと思う場面の連続でハラハラさせられましたね。
高原で暮らすネパール民の様子とか、カトマンドゥカトマンズ)の複雑に入り組んだ路地裏のどこか怪しげで神秘的な雰囲気が、まさにそこを訪れたかのように伝わってくるのでした。
あえて不満な点と言えば、主人公に関わった女性である君子と摩耶の存在感の薄さでしょうかね。
それぞれチベットに魅せられた男に翻弄された女性という立場ゆえに仕方ないのかもしれませんが、行動が唐突過ぎて、心情という面ではあまりよくわかりませんでした。

*1:彼がまたすさまじい経歴と深い事情を持つ