11期・51冊目 『なごり歌』

なごり歌 (新潮文庫)

なごり歌 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

昭和48年、小学校3年生の裕樹は県境に建つ虹ヶ本団地に越してきた。一人ぼっちの夏休みを持て余していたが、同じ歳のケンジと仲良くなる「遠くの友だち」。あなたの奥さまは私の妻なんです―。お見合い9回の末やっと結婚にこぎつけた仁志が突然現れた男にそう告げられる「秋に来た男」。あのころ、巨大団地は未来と希望の象徴だった。切なさと懐かしさが止まらない、連作短編集。

著者が得意とする昭和30年代の郷愁溢れる人々の営みに妖怪や霊といった存在が奇跡や奇妙な縁を紡ぐ。
『かたみ歌』が懐かしき商店街を描いていたのとは趣を変えて、高度成長期の庶民にとっては未来的な住まいの象徴であった巨大団地を舞台に、当時流行った歌と共に贈る7編の物語です。


※カッコ内は登場する歌
「遠くの友だち」(てんとう虫のサンバ
小学校3年生の裕樹は新たな住まいとなる虹が本団地に引っ越してきた。裕樹は転校前に理不尽なイジメに遭っていたことから、対人関係で自信を無くし、新しい友人を造れずにした。
せっかくの夏休みも一人寂しく過ごす中で広い団地内を探検していた時、小さな森に囲まれた小山で金色に輝く不思議な生き物に出会う。その数日後に初めて団地に住む同学年の少年と遊ぶことができたのであった。


「秋に来た男」(あなた)
大柄な上に見た目がフランケンシュタインの怪物そっくりで、今まで九回の見合いが失敗に終わった仁志。
ようやく智津子という素晴らしい女性と結婚に漕ぎ着け、虹が本団地の新居を構え、未だぎこちない新婚生活を送っていたのだが、ある夜突然彼女は自分と結婚していたのだと主張する男性に出会う。


「バタークリームと三億円」(『いちご白書』をもう一度)
虹が本団地で夫と息子の三人暮らしの傍らマイホーム資金をパートで稼ぐ、平凡な主婦の路子には、家が金持ちな上に容姿端麗頭脳優秀な従妹・マリアがいた。
しかし三億円強奪事件があったその日に彼女は自殺を遂げる。
路子は何でも人よりも優れた彼女が人生そのものに飽きて勝ち逃げを計ったのではないかと勘繰っていた。


「レイラの研究」(いとしのレイラ)
探偵シャーロック・ホームズに夢中になった中学一年の良輔。
そんな彼が気になるのは同じクラスで、いつも素っ気ない態度を取っている怜子であった。一度だけ祖父母の暮らす遠くの街で出会った時は明るく魅力的な笑顔を浮かべており、どうしてもその時とのギャップが気になって仕方ないというか、知らず知らず彼女に惹かれていることに気づく。


「ゆうらり飛行機」(犬のおまわりさん)
インフルエンザをこじらせて4歳で夭折した息子を持つ”私”。妻は喧嘩別れとなって実家に戻ってしまい、一人団地で寂しく暮らす。
そんな時、以前から手製の飛行機を団地の広場で飛ばして子供たちに人気の飛行機おじさんと話す機会を得た。
その飛行機は速く高く飛ぶのではなく、できるだけゆっくりと長く飛ぶことを目的として作られていた。そうなるには飛行機おじさんこと、森沢氏の過去に関係があったらしい。


「今は寂しい道」(長崎の鐘
妻に先立たれた老人。一人立ちした息子家族との同居の誘いも受けずに妻の思い出と共に団地で一人暮らしを満喫している。
ある日、雷雨に見舞われて雨宿りしていた時に、怪我を負った金色に輝く不思議な生き物を保護する。
見捨てることもできず、とりあえずの手当てをして、家で飼うことにしたのだが、ある晩夢の中で少女に出会う。離れ離れになった同胞を探しに来たというのだが…。


「そら色のマリア」(私に人生と言えるものがあるなら)
フリーの仕立て屋として、時に塾のアルバイトをしながら団地で暮らす男性・小暮。
彼には美人で気まぐれな恋人がいたが、プロポーズの答えを聞こうとした日(それは三億円強奪事件があった日)に自殺してしまった。
彼女に自殺する理由などないことを確信していた小暮は叔父の刑事に熱心に訴えかけて、7年の時をかけて他殺事件として捜査されることになった。
そして小暮自身は団地に住むらしい”キクちゃん”という人物が重要なカギを握ると見て、密かに探し続けていた。


大人になってからの一時期、それもここで書かれているようなマンモス団地ではなく、もっと小規模のところでしたが、私も団地に住んでいたことがあります。
すでにその頃で建築から3,40年が経って老朽化が目立ち、改装を行ったり、建て替えの話が出ていましたね。
そんな団地がかつては憧れの住まいとして注目を浴びていたのがこの作品で描かれる時期。
「遠くの友だち」に出てくる家族のように、新たな住まいに希望を胸に移り住んでいたようです。
もっとも最大5階建てなのにエレベーターなど無く、意外と階段が狭くて引っ越しの時は苦労するのはわかりますね。
一つの建物にたくさんの人々が住むだけに、出会いの面白さもあれば、怪しい人物への警戒といった集合住宅ならではの事情も見えてきます。


抒情溢れる丁寧な描写から、当時を知らなくても雰囲気がよく伝わってきて、違和感なく物語を味わえるのがいいですよね。
歌だけでなく、「八時だョ!全員集合」を始めとするテレビ番組も懐かしくて(知らないのもあったけど)時代を感じさせます。
それに各話で登場する脇役(仕立て屋の男や飛行機おじさん)や事件が後にクローズアップされるなど、連作ならではの楽しみもありました。
全体的に悲しい・切ないエピソードが多いけど、それだけでは無く、しんみりさせられたり心温まる結末もありました。
たびたび登場していた一人暮らしの仕立て屋の彼の事情が最後に明らかにしているのが巧い構成ですね。
ただ、マリアを殺した犯人の真意だけがちょっとすっきりしなかったのが不満といえば不満かもしれません。