11期・3冊目 『火天の城』

火天の城 (文春文庫)

火天の城 (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

信長の夢は、天下一の棟梁父子に託された。天に聳える五重の天主を建てよ!巨大な安土城築城を命じられた岡部又右衛門と以俊は、無理難題を形にするため、前代未聞の大プロジェクトに挑む。信長の野望と大工の意地、情熱、創意工夫―すべてのみこんで完成した未會有の建造物の真相に迫る松本清張賞受賞作。

熱田神宮の宮大工棟梁を務めていた岡部又右衛門(諱は以言)と織田信長の出会いは桶狭間の戦いの出陣時。
そして戦いの勝利を記念して神宮に寄進した塀などの造りが信長の賞賛を得、それ以来岐阜城の造営や琵琶湖で運営する大型軍船の建造など、織田家の被官番匠(大工)として仕えることになります。
その集大成とも言えるのが総棟梁として安土城築城を任されたこと。*1
安土城といえば絶頂期を迎えつつあった信長の天下布武の象徴として、5重7階(地下1階地上6階建て)の天守を擁し、それまでの城にはない独創的な意匠で絢爛豪華な城であったと想定されています。
その一大築城プロジェクトを岡部又右衛門父子を中心に描いたのが本作であり、具体的にどのように築城されていったかを技術的かつ詳細に描かれているのが特徴です。


天下一の天守を建築するための指図(設計図)コンテストにて岡部又右衛門の図案が採用されて、そこから安土山の造成、仮御殿の建築、膨大な建材の調達、職人たちの住む長屋の建築、といざ築城前から数万規模の人間が携わる巨大プロジェクトが展開していくさまに心動かされます。
ストーリー的に一人前と認められたい子・以俊に対してまだまだ未熟と酷評する父という相克が軸になっているのですけど、オーナーである信長からの難題に職人派閥同士の争い、それに敵である武田や甲賀に逼塞していた六角の忍者による妨害工作もあって何度も壁にぶち当たり、結果的に無事築城されたことは知っていてもハラハラさせられ通しでした。
特に天守に使う柱のために木曽の檜を調達する場面。今じゃあまり見られないであろう川を巨大な丸太が流れていくのは圧巻だったでしょう。
通し柱として切った巨木の内一本が搬送に失敗して傷ついてしまい、巻き込まれて命を落とした木遣頭の詫び状が何とも言えないです。
その上で替えを調達せずにあえて残った三本で組もうという又右衛門も男気溢れますな。


棟梁というのは一人の職人であるだけでなく、人を組織して動かしていくのが大事な仕事(「木を組むのが大工なら、人を組むのが棟梁」)であるわけで、途中病気や怪我で休養した父に代わって指揮を執った以俊が父の苦労を知って一皮むけていく、そして表面には出さないが息子の成長を認める父。番匠の不器用な父子の情に触れた思いです。
一方、本能寺の変明智光秀討ち死の後に安土城に入った織田信雄が父の偉業を理解できずに愚痴ばかり。しまいには火を止められずに天守焼失の一因となったのが対照的でした。
3年の年月と膨大な資材・人材を使って築城された安土城本能寺の変とともに短い生涯を閉じ、まさに夢幻の如く消えたのですが、こうして関わった人々の物語を読むとその威容を見てみたかったとは思いますね。
石積み職人を主人公に安土城築城を描いた『天下城』も良かったですが、岡部又右衛門を主人公にした本作もより読み応えある作品でした。

*1:ゲーム『信長の野望』でもイベントとして登場するので名前だけは知っていた