10期・79,80冊目 『BT'63(上・下)』

BT’63(上) (講談社文庫)

BT’63(上) (講談社文庫)

BT’63(下) (講談社文庫)

BT’63(下) (講談社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
父が遺した謎の鍵を手にすると、大間木琢磨の視界に広がるのは、四十年前の風景だった。若き日の父・史郎が体験した運送会社での新事業開発、秘められた恋…。だが、凶暴な深い闇が史郎に迫っていた。心を病み妻に去られた琢磨は自らの再生をかけ、現代に残る父の足跡を調べる―。父と息子の感動長編。

金融関係のドラマで有名な著者ですが、個人的に初めて手に取ってみた本作は父の目を通して過去を幻視するという、一つのタイムスリップとも言えるストーリーに興味を抱いた次第です。
過労による精神疾患によって職を失い、離婚によって妻とも別れて実家に戻った失意の主人公・大間木琢磨。
亡き父の遺品の中から、かつて勤めていたという運送会社の制服を見つけます。
何となくそれを着こんでみると、意識は過去へと飛び、昭和38年当時の父・史郎と同軌を取っていたのでした。
そこで史郎は大田区にある相馬運送の経理課長として、気力を失いつつある社長や無能な上司の代わりに業績が傾きつつある会社を立て直そうと奮闘していました。


家では仕事や過去のことなど一切話さず寡黙だった父の意外な一面を知った琢磨はその後倒産した相馬運送をはじめ、父の軌跡を辿ろうとします。
やがて史郎は竹中鏡子・加奈子との出会いや当時画期的と言われた宅配便を開始するなど公私ともに多忙な日々を送るのですが、竹中母子を付け狙う暴力夫や不審な行動を取る社員たちなど暗い影が見え隠れするのでした。


普通は親の若い頃を知るには本人や周辺の人の回想に頼るしかないですが、当然そこには忘却や脚色が入って正確ではありません。
しかし当時の本人視点で見る風景や本人自身の感情が伝わって来るというのはかなり新鮮で得がたき体験ではないでしょうか。
さらに昭和30年代の東京南部。小さな工場がひしめき、未だ完全に舗装されていない道路やゴミゴミとした下町の風景など、映画やドラマでしか見たことがないですが興味深いです。東京にもこんな時代があったのだと。
そういう意味では最初からすんなりストーリーに惹き込まれましたね。


後半に入って琢磨の過去探しが相馬運送担当だった銀行員・桜庭の協力によって進むのとは対照的に史郎を取り巻く状況が刻一刻と悪化してゆくのが非常にもどかしくて重苦しかったですね。
その一因として上野一家殺人事件の犯人の疑いのある社員の下田、それに裏稼業に携わる成沢と猫寅の存在感有りすぎる二人。それらは呪われたBT21号に結びついてゆく。
オチとしてはこれはこれできれいなのでしょうが、そこに辿りつくまでの史郎や鏡子の苦しみを思うと少しもやもやが残るのが正直なところでした。
あと全てを知っていた琢磨の母ですが、それで本当に納得はいっていたのか、夫婦間のやりとりは一切書かれていなかったので疑問として残りました。