7期・66冊目 『見知らぬ海へ』

見知らぬ海へ (講談社文庫)

見知らぬ海へ (講談社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
戦国末期、好きな釣りに出ている時、城が敵の攻撃を受け、父と兄を失った男がいた。魚釣り侍と揶揄された向井正綱だが、遺志を受け継ぎ、北条水軍との駿河湾決戦で向井水軍の長として頭角を現していく。迫力溢れる戦闘場面、戦乱の世での父と子の生き様、徳川家康をも唸らせた、海の武将を描く歴史小説

隆慶一郎の作品は『影武者徳川家康』にしろ『一夢庵風流記』にしろ、歴史小説として丁寧な描写の上で大胆なストーリー、それに主人公の生き様が痛快で格好良い!
本作で取り上げられている向井正綱も個人的には名前と簡単な略歴しか知らなかったのですが、挙げた作品に劣らず魅力的に描かれております。
冒頭では、当時武田氏に属していた向井水軍の棟梁である父・正重からすると、その武将らしからぬ素直過ぎる性格には呆れられていたのですが、とてつもない視力と風を感じることでどこにいても位置を見失うことが無いという水軍にうってつけの資質を持っていたりします。
22歳の時、一人城を抜け出して釣りをしていた隙に敵(徳川軍)に攻められて父・義兄始め城と共に主な郎党を失うというどん底の出だし。魚釣り侍と揶揄され、せめて死に場所としての戦場を求めるようになります。


そんな彼が一転して周囲に見直されたのは、武田との同盟を解消して敵に変わった北条軍との戦でした。
駿河を得て間もないにわか作りの混成軍であった武田水軍に比べて、規模も質も凌駕していた北条水軍。通常の戦では勝てないと見込んだ正綱が取った戦法は黒塗りの小舟に火薬を積んで根拠地に忍び込み、敵の安宅船・関船を焼き打ちするという奇襲というより、決死のゲリラ戦法でした。
焼き打ちは半ば成功・半ば失敗となり、敵に追われて壊滅の危機を己の機転と味方の援護によってなんとか抜け出し、しかも敵の安宅船をぶんどることに成功。
これに大砲を据え付け、ひたすら訓練を施し、味方の中では随一の火力を誇るようになってゆく。
やがて武田家の寿命が尽きようとする頃、徳川家の武将・鬼作左こと本多重次との出会いによって人生の分かれ目を迎えます。かつての仇敵・徳川家に仕え、更なる戦いと共に水軍の将として成長してゆきます。


かなり無茶はしますが、常に劣勢な状態から勝利を掴む海の戦びととしての強さと意地。
それに生粋の船乗りとしての飾らない性格が正綱の魅力となっているようですね。
特に豊臣秀吉の関東征伐では、かつて敵として戦ったことのある九鬼嘉隆始め他の水軍の将を魅了してしまう場面は痛快です。*1
その後正綱は徳川水軍の中核としての地位を築き、平穏な日々にやや不満を抱きながら父親として子の成長を見守る人生を送ります。
物語は九州で座礁したオランダ船リーフデ号とその船員との出会いによって、正綱の人生に新たな局面が訪れるであろうところで氏の逝去によって途切れてしまいました。
まさにタイトルどおり見知らぬ航海とその技術との出会いによって今後どのような内容が描かれていくのか期待していたところで終わってしまったのは非常に残念な思いでした。

*1:長宗我部元親が引き立て役になってしまっているのは個人的に残念だったけど