9期・32,33冊目 『ローズ・マダー(上・下)』

ローズ・マダー〈上〉 (新潮文庫)

ローズ・マダー〈上〉 (新潮文庫)

ローズ・マダー〈下〉 (新潮文庫)

ローズ・マダー〈下〉 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
このままでは、殺される―ある朝、シーツについた小さな血の染みをみつけて、ローズはそう口にしていた。優秀な刑事の夫ノーマンも、家ではサディストの暴君。結婚後の14年間暴行を受け続けたローズは心身ともにもう限界だった。逃げだそう。あの人の手の届かないところへ―。だが、家出をした妻をノーマンが許すはずがない。残忍な狂気と妄執をバネに夫の執拗な追跡が始まった。

夫・ノーマンによる長年にわたる暴力を受け、徹底的な服従を強いられていた妻・ローズ。
そのために入院や流産まで経験しても、逆らったり逃げることもできずに14年間の奴隷のような結婚生活を続けていたのですが、ある日ベッドのシーツにあった小さな血の染み(おそらくローズが殴られた拍子に出た鼻血)を見て、「このままでは、殺される」と身の危険を覚え、逃げ出そうと決心するのです。
しかし長年の服従生活に家を出ることさえ何度も躊躇し、外に出てさえも被害妄想に見舞われ挫けそうになりながらも長距離バスに乗り込んで1000km離れた都市まで行きつき、紆余曲折の末に女性支援団体の保護を得ることができました。
一方、ノーマンは妻が家出したことに気付くも仕事(刑事)のためにすぐ動くことはできなかったのですが、人捜しにかけてはプロであるわけで、やがてその痕跡を辿ってローズの住む市まで突き止めてしまうのです。
せっかく新たな生活を始めたばかりのローズは夫に捕まってしまうのか?


ローズとノーマンの視点が交互に展開されてゆくスリリングなストーリーです。
最初は夫の影に怯えていたローズが自由を手に入れ、周囲の温かな支えもあって自立してゆく。朗読という才能*1を見出されて職を得た上に、失っていた女性としての魅力も取り戻す。
それに対して、ノーマンの暴力癖は子供の頃に受けていた父親からの虐待に由来していたことが明かされ、妻が逃げ出したショックによって理性を失い暴走してゆくのですが、その対比が面白い。
フィクションだからとはいえ、ノーマン主観による男尊女卑というか、周囲への見下した思考があまりにも徹底しています。
それでいて優秀な刑事*2であると同時に良き夫であるように外面を取り繕うのは上手であったこと。
ただし家庭内では家計はもとより実権は全て夫が握り、妻はただ恐れ従うだけ。それが当たり前のように習慣づけられてしまうことがDV問題の深層であるように思えます。


ローズは結婚指輪を質屋に持って行った時にある無記名の絵に惹かれて、手に入れたお金をそのまま購入代金にして新しい部屋に飾ります。
それから絵がまるで生きているように変化し始め、ローズ自身も影響されてゆく。
常軌を逸したノーマンによる血塗られた追跡行はやがて想像を絶する対決とオカルティックな結末を迎えます。
絵によってローズが力を得るどころか一時は絵の世界に取り込まれてしまうのですが、そういうファンタジー要素は抜きにして、リアル世界だけで完結してほしかった気がしないでもありません。
でもまぁこれもキングのサイコホラーの持ち味でもありますかね。モンスター化したノーマンと強さを持て余すようになったローズのオチも含めて。


余談として。
DVで逃げ出した妻と追う夫は捜査のプロである刑事。
そういう設定は佐々木譲『ユニット』にもあったことを思い出しました。
大筋としては別物なんですが、妻に逃げられた夫が追跡する内に徐々に壊れていくのは似ていましたね。

ユニット (文春文庫)

ユニット (文春文庫)

*1:その最適な呼吸法を得たのがDVの産物というのが皮肉ではあるが

*2:実は何度か暴力問題を起こしているが、それを帳消しにする手柄をあげた