7期・48冊目 『花まんま』

花まんま (文春文庫)

花まんま (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
大人になったあなたは、何かを忘れてしまっていませんか?大阪の路地裏を舞台に、新進気鋭の著者が描く六篇の不思議な世界。

本作は30年ほど前の大阪の下町を舞台とした、少年少女が体験するちょっと不思議で怖い、あるいはほのぼのするような話が収められています。


「トカピの夜」
トカピとは朝鮮人が言う幽霊のこと。
玩具をたくさん持っていた主人公は病弱な朝鮮人少年とわずかな交流を持ったが、ほどなくして彼が亡くなってしまったことを知る。
それから夜な夜な子供の霊のようなものが主人公らが済む長屋に出没するようになった

結果的にはまったく怖くなくて温かみのある霊の話。
子供の時の差別って直接的ですが、ふとしたことでそれを乗り越えることもある。そのあたりが大人とは違うような気がします。


「妖精生物」
高架下にて物売りをしていた男からクラゲのような不思議な生物を買った少女。
その生き物を手に乗せると何とも言えない気分に浸れることから密かな楽しみになってゆく。
子供の頃って、学校そばや公園など子供が集まる場所に怪しげな物売りっていましたよねぇ。たいがいは詐欺まがいだったのでしょうけど、ここに出てくる妖精生物はマジで怪しい。その淫靡さ&気持ち悪さに加え、少女の親を含む環境も救いが無いです。この読後感も悪さは万人受けする内容ではないでしょうねぇ。


「摩訶不思議」
「人生はたこやきのようなものさ」が口癖の叔父さんが亡くなった。
不思議とウマが合って可愛がられていた主人公は、叔父さんに愛人がいたことを知っていて、葬儀の間中もそのことが内心板挟み。
その叔父さんの棺を載せた霊柩車が火葬場直前にしてどうやっても進まなくなってしまって・・・。
それぞれの人物の特徴も際立っていて楽しめますし、葬儀の際のドタバタとその顛末をここまで軽快明朗に描けるのは大阪ならではなのではないかと勝手に思ってしまいました。


「花まんま」
いわゆる前世の記憶を扱っています。
死んでしまった別人の記憶が突然蘇ってきて、その人の生まれ育った場所と家族に逢いたいという妹。
亡き父の代わりに妹を守ろうとする兄がいて、一方では理不尽な出来事で失った娘をいつまでも想い続ける父がいる。それを繋いだ花まんまの意味。
言うまでも無く本書で一番の作品ですね。
不本意ながらも妹に振り回されて奔走せざると得ない。「お兄ちゃんは辛いな」という言葉が印象的です。


「送りん婆」
心と体を繋ぐものを断ち切る禁断の呪文。
満足な医療も受けられずに末期的な症状に苦しむ病人に引導を渡してやるのが送りん婆の仕事であり、その助手兼後継者に指名された少女の物語です。
死を扱っているのにも関わらずそこには暗さは無く、最後まで送りん婆と少女のやり取りがほのぼのしていて良かったです。


「凍蝶」
主人公は理由は明かされないけれど幼い頃から差別が原因で友達ができてもすぐ離れてしまい、よそでは歓迎されない身であることを自覚し理不尽な環境にありながらも卑屈にならずに堪えている様がなんとももどかしい。
そんな中で出会ったミワさんは遠い南の方から一人大阪まで働きに出てきている妙齢の女性で、主人公と同じくらいの弟がいるという理由でお菓子をもらったり一緒に遊んでもらい、「また遊ぼう」という約束ができる関係ができて喜ぶ。
そんな孤独な者同士のつかの間の友情を描いています。
少年時代はいくつも出会いと別れを経験するものですが、滅多にないシチュエーションですと、いつまでも心に残るものですね。
ちょっと甘酸っぱくて切ないストーリーで、表題作と並んで好きです。


全体的に40代以上の大阪の下町出身者にはストライクな内容なのかもしれませんね。*1
私は生まれ育った場所は違うのですが、懐かしき昭和時代の風景に子供の独特な感覚の描写が巧くて、違和感なく作品の雰囲気に馴染めました。

*1:著者は大阪出身