6期・34,35冊目 『ねじの回転(上・下)』

ねじの回転 (上) FEBRUARY MOMENT (集英社文庫)

ねじの回転 (上) FEBRUARY MOMENT (集英社文庫)

ねじの回転―February moment (下) (集英社文庫)

ねじの回転―February moment (下) (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
「不一致。再生を中断せよ。」近未来の国連によって、もう一度歴史をなぞることになった2.26事件の首謀者たち。彼らは国連の意図に反して、かつての昭和維新を成功させようとするが。恩田陸渾身の歴史SF大作。

時間旅行技術が発明され、歴史改変が可能となった近未来。「聖なる暗殺」(具体的に言及されていないが、おそらくヒトラー暗殺と思われる)の帰還後にAIDSを上回る凶悪な感染症であるHAIDSが世界中に流行する。度重なる歴史改変が人類に災厄をもたらしたと考えられ、それを修復するために国連主導のもとに歴史をなぞるプロジェクトが進められる。
その一つの舞台として226事件が描かれています。
この中では実際の歴史上のキーとなる人物(安藤大尉・栗原中尉・石原大佐)に事情を打ち明けて懐中時計を模した受信機を持たせて協力を依頼しているのがユニークです。
史実通りの行動を取らなかったり、なんらかのアクシデントが起こると「不一致」になり時間が停止、時を遡って再生をまた始めなければならない。
とはいえ、直接関係者ではないが重要人物として石原(莞爾)大佐の述懐にあるようにその後の結果を知りながらも同じ行動を取らなければならないのが辛いところ。
まして管理コンピュータが長年の酷使によってオンボロと化していてたり、いつの間にかハッカーに侵入されていたりと不安要素がいくつもあって果たして無事歴史再生できるのか疑問のまま進んでいきます。


226事件といえば、子を売るほど困窮する地方の庶民がいる一方で身を肥やすことにうつつを抜かす腐敗した政治家・経済人に鉄槌をくだそうという意図があるにせよ、失敗したとはいえ武力クーデターを起こしたことで軍の発言力が増して、その後の日本の行方に大きな影響を与えたと認識しています。それゆえ決起将校には良い印象は持てませんでしたが、各人物の心情描写は巧みでつい引き込まれてしまいます。不一致を避けつつ時の流れを変えてしまおうという彼らの企みの行き先に期待してしまう自分がいます。
しかしほんの少しのアクシデントが破滅的な結果をもたらしてしまうことさえある。*1歴史は自己修復するのか?それとも歯車一つ違っただけで変わってしまうのか?歴史IFの永遠のテーマですね。


ただ、設定としては人類史の鍵を握るという壮大なスケールが示されている割にはラストは急に収束しまった感がしないでもないです。テーマからしたら史実通りの展開に不満を抱いてしまってはいけないのでしょうけど。
途中いくつかのエピソードが挿入されていますが「魔法の国の王様」という寓話がこの作品のそもそものきっかけを暗示しているようで味わい深いです。
素晴らしい技術は人を幸福にもするが、使い方を間違えると不幸にもする。現実にもその例えが使えそうですね。

*1:この中ではある人物が猫の足を踏んでしまったことで未来の病気が本来無い時代に広まってしまった