6期・10冊目 『タイムパトロール』

西暦19352年、瞬間移動の研究に関連してついに時間航行の方法が発見された。だがこの時間航法こそ、人類にとって利益と害悪の両方をもたらす両刃の剣であった。確かに、過去を知り未来を知ることが可能になったことで、人類は飛躍的な発展をとげた。だがその一方で、過去に干渉して未来を変えようとする、いわゆる時間犯罪が多発したのだ! かくて時間管理局――タイム・パトロールが設立された。時の航路を監視し、歴史を正しい軌道に保つために……。アメリカSF界随一の才人ポール・アンダースンが、豊かな想像力と華麗な筆致で描く時間テーマSFの古典的名作!

今まで豊田有恒の一連の歴史改変ものを読んできましたが、それに登場するタイムパトロールの本家とも言えるのがこちらの作品。
各エピソードごとの連作集となっていて、短いながらも大胆な歴史上のifをもって展開するストーリーはどれも歴史ファンをも充分楽しませてくれる内容となっています。


「タイム・パトロール
米国陸軍技術中尉を退官したマンス・エヴァラード*1がある求人広告に応募してみたら、なんと歴史上の時間犯罪を取りし締まるタイムパトロールだったという出だし。
沖積世*2に設けられた研修施設を経て各担当の時代で歴史改変をもくろむ時間犯罪者を取り締まる仕事に就くというのです。
施設内で読んだ新聞から遺跡で発掘された物質に時間犯罪の匂いをかいだエヴァラードはイギリス人の相棒と組んで19世紀末のイギリスに行きます。事件そのものは単純でしたが、そこでとある有名探偵が登場してニヤリとさせられたり。
また選り抜きのタイムパトロール員であっても、個人的な事情により歴史介入の誘惑に抗し難いというエピソードもあります。


「王者たるの勇気」
行方不明となった同僚の恋人から安否確認を依頼されたエヴァラード。最後に消息を絶った紀元前500年代の古代ペルシアに赴く。そこでは一度捨てられたはずの王子が将軍の手により救い出され、アケメネス朝の王・キュロスとして君臨していた。
実は未来のタイムパトロール員がアクシデントに巻き込まれて現地で王の替え玉になっていたという展開。
同僚が歴史上の重要人物となってしまった既成事実と恋人からの依頼との狭間で悩むエヴァラードですが、苦肉の策として過去へ跳んで王子の入れ替えそのものに介入することで解決を図るのです。
そしてハッピーエンドかに見えた結末は意外にも皮肉な印象を残しました。英雄のまま死ぬのが良いのか、それとも一般人の生活に戻るのがいいのか、こればかりはやってみないとわかりませんね。


「邪悪なゲーム」
日本への1回目の遠征に失敗した元帝国は北方に探検隊を出し、アリューシャン列島沿いにアラスカを経て北米大陸に辿りつく。
このままでは欧州人による植民よりはるか前にモンゴル人の手によるアメリカ汗国が作られてしまう可能性があるため、最初は穏便にモンゴル人たちを追い返そうとするエヴァラードたちだったが・・・。
もしかしたら豊田有恒『モンゴルの残光』のヒントになったのかなと思ったストーリー。モンゴル人とインディアンが共存するアメリカを見てみたい気はしますね。その場合、太平洋を挟んだ日本の近代史も大幅に変わりそうな気がしますが。


「滅ぼさるべきもの」
同僚を誘って本来の自分のテリトリーである20世紀ニューヨークに行ってみたら、住人も言語も街並みも異なる全く別世界になっていた。そこで未知の技術を使うエヴァラードたちは魔術師とされて国同士の争いの的に。
歴史の流れを元に戻すため、唯一言葉の通じる女性考古学者とともに改変の分岐点ともいうべきローマとカルタゴが戦っていた時代へ跳ぶ。
歴史上の人物一人を抹殺したところで歴史の修正がかかって大幅に変わることはないという前提のはずが例外が起きてしまったというお話。科学技術が発達せずどこか中世的な雰囲気を残す架空世界の構築が秀逸。元の世界に戻すため、異世界の女性の歴史知識の助けを得ながらもその世界を滅ぼさねばならないという職務上の苦しみがよく伝わってきますね。

*1:豊田有恒作品ではもじってヴィンス・エベレットという名で登場

*2:今では完新世という。約1万年前