5期・35冊目 『残虐記』

残虐記 (新潮文庫)

残虐記 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
失踪した作家が残した原稿。そこには、二十五年前の少女誘拐・監禁事件の、自分が被害者であったという驚くべき事実が記してあった。最近出所した犯人からの手紙によって、自ら封印してきたその日々の記憶が、奔流のように溢れ出したのだ。誘拐犯と被害者だけが知る「真実」とは…。

誘拐され、ほぼ一年間に渡って工場内の一室に監禁された少女。被害者は一貫して沈黙を守り続けてきたのもあって、周囲は被害者少女への同情と同じくして加害者との間に何があったのか想像を逞しくする。それはこの作品のあらすじを読んだ人さえ同様でしょう。しかし筆者に描く「毒」を簡単にそれを凌駕する。
失踪した作家の夫の手紙⇒作家による過去の拉致・監禁事件を被害者の立場から独白した手記、そして再び夫からの手紙という構成になっていますが、やはりメインとなる手記は筆者の他の作品にも共通するように容赦ない現実に立ち向かう女性によるサバイバル・ストーリーとしての凄みがあります。


騒々しい工場内の一室に監禁され脱出の手段も無く、唯一頼れるかと思った隣室の男は耳が聞こえなかったことを知り絶望。小学校も卒業できずに孤児施設を脱出した男と汚い部屋にずっと二人きり。
そんな環境の中でも時間が経てば適応できてしまう不思議。それも昼夜で極端に違う男との奇妙な、上下関係が逆転するという通常では理解不能な関係のなせるわざだったようです。
ひょんなことで工場の経営者に発見されて、めでたく解放となるのですが、まさにそこからが別の意味で少女(と家族)にとっては過酷な運命が待っていたのが救われないとも言えるし現実的とも言えましょう。


心に幾重にも鎧をまとって防御してきた少女にとって、唯一核心に迫ってきたのが裁判を担当した検事。
結局、事件によって変わってしまった肉親よりも、同じように「想像する愉楽」に心を奪われた検事に同志的連帯を抱くとは、それほど異常な事件であったとの証なのでしょうか。
そして25年の時が経ち、加害者の出所と彼の手紙を機にかつて被害者だった作家は失踪してしまうのですが、再び記された夫の手紙によっていくつかの嘘があることに気づいて愕然とするんですね。
読者の安易な予想を覆す展開で、読み始めると止まらないほどではあるものの、読後はややすっきりしない感じもしました。