5期・33冊目 『斬られ権佐』

斬られ権佐 (集英社文庫)

斬られ権佐 (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
惚れた女を救うため、負った八十八の刀傷。江戸・呉服町で仕立て屋を営む男は、その傷から「斬られ権佐」と呼ばれていた。権佐は、救った女と結ばれ、兄貴分で八丁堀の与力・数馬の捕り物を手伝うようになる。押し込み、付け火、人殺し。権佐は下手人が持つ弱さと、その哀しみに触れていく。だが、体は不穏な兆しを見せ始めて―。一途に人を思い、懸命に生きる男の姿を描いた、切なくも温かい時代小説。

4月頃ですが急に時代小説が読みたくなりまして、そういえば前に人力検索の質問(question:1256388076)で良さそうな本があったことを思い出して、まず読んでみたのが『花はさくら木』*1。ほぼ同じ頃に購入したものの、しばし積んでしまったままだったのがこちら。
結論から言うと、積んだ期間がもったいなかったくらい良いものを読ませていただきました。


まず主人公・権佐はその異名通りに体に八十八箇所の傷を持つというのが思わせぶりで気になる人物。どんな強持てかと思えば、とても情の深い人物であることがわかります。
惚れた女のために命を張った末、その相手である女医・あさみの懸命の手術によって一命を取り留めた権佐。しかし確実に彼の体は蝕まれていて、いつ死んでもおかしくないという。現代ならまだしも、外科技術が充分でない当時において体が動かせるまで回復して、与力の小者として活躍すること自体が奇跡ではないでしょうか。
そういう特殊な事情があるにしても、権佐が懸命に走り知恵を絞って一つ一つの事件を解決するまでが丁寧に書かれていてとても好感持てるのです。ただ事件解決の顛末を書くだけでなく、そこに家族の結びつきを絡ませることによって、読者を魅了する。かくうえは権佐たちが幸せになることを願わずにいられません。


しかしながら権佐の体は長生きできるとは思えず、それを予期させるような展開。「一度失ったはずの命」と達観する様を見せていますが、愛する妻子がいる父親としてその胸中はいかばかりか。
最後は娘(お蘭)の危機に動けぬ体でありながら無理してでも向かった権佐。切ないハッピーエンドと言えるでしょうね。お蘭のこの台詞は三人が家族として強く結ばれていたことを鮮やかに示していて好きです。

友達がそんな権佐を見て、気持ちが悪いと言ったことがあった。だが、お蘭は気丈に「お父っつぁんは、おっ母さんを助けるために斬られ権佐になっちまったんだよ。あんたのお父っつぁん、おっ母さんのためにそんなことできる?できないよね?さしずめ、あんたのお父っつぁんは、ぶるぶる震えて逃げちまうだけさ」と口を返したものだ。


江戸の町の風景や季節の描写がいかにも時代物としての風情を醸し出しているんですが、それだけでなく現代にも通じる親子や夫婦の絆についても堪能できた傑作でありました。