7期・75〜77冊目 『軍艦長門の生涯(上中下巻)』

軍艦長門の生涯 (上巻) (新潮文庫)

軍艦長門の生涯 (上巻) (新潮文庫)

軍艦長門の生涯 (中巻) (新潮文庫)

軍艦長門の生涯 (中巻) (新潮文庫)

軍艦長門の生涯 (下巻) (新潮文庫)

軍艦長門の生涯 (下巻) (新潮文庫)

内容紹介
巨大な艦体に日本の栄光と矛盾を孕み、激動の大正・昭和期を生きた一隻の軍艦。その航跡に幾多の日本人のドラマが浮び上がる。

以前から読もうと思っていて去年中古で入手。年越しでようやく読み終えました。
1917年の起工から、敗戦後の1946年原爆実験によってビキニ環礁にてその生涯を閉じるまでの30年近く。軍艦「長門」に関わった人々の歴史を通じて大正昭和の日本帝国海軍の軌跡を辿った大作です。
日本の戦艦というと、戦後はアニメの影響もあって「大和」が随一ですが、戦前はその存在が国民に秘匿されていたこともあって長らく「長門」「陸奥」の二艦がその象徴的存在でした。
第1次世界大戦後、やがて訪れるであろう軍拡競争に応じて新たに戦艦八隻、巡洋戦艦八隻を建造しようというのが日本の八八艦隊計画
実際に計画通り遂行されていたら国が破産すること間違い無しの巨大計画だったわけですが、「長門」はその第一号艦として広島県・呉にて建造されました。*1
口径41cmの主砲を持ち、当時の戦艦最速の26.5ノットをたたき出したエンジン、巨大な十メーター測距儀。そのほか艦としての住居施設の改善が図られ、冷房装置・エレベーターなどの新技術が盛り込まれて、それまでの国産戦艦とは一線を画した艦として作られるべく数多くの将校や職人が携わっていた様子が生き生きと描き出されます。
およそ100年前の日本でこれからの国防を担う新たな軍艦を生み出そうという気負いみたいなのが感じ取れますね。
ただし未だ多くの国民は自動車や電話などの機械的な生活からほど遠かったために、艦内通信用の電話は設置されず、アナログ的な伝声管が使用されていたという逸話に近代日本の限界が見られるようです。


やがて過度の建艦競争は国家経済の逼迫を生み、必然的に軍縮時代へと進む中、政治と軍の境界線があいまいだった近代日本の危うい姿を本作では海軍目線で描きます。
当時随一の海軍大国である英米に対して日本は主力艦は対6割、補助艦は7割弱というところに落ち着いたのですが、これが統帥権干犯問題という禍根を残し、比較的政治に口出しせずの風潮にあった海軍部内でも条約派と艦隊(条約反対)派に分裂してしまい、海軍将校主導による五・一五事件を引き起こしてしまう。
現代的な考え方ならば、どのような理由にせよ、政府要人を暗殺したテロリストとして厳しく処断されるべきですが、その愛国心によって減刑運動が起こるのです。それも海軍内部ではなく、民間・マスコミから。
まったく方向は違いますが、道理ではなく情によって動きやすいのは今も昔も変わらないのだなぁとつくづく思いました。
さて、条約による軍事的劣勢は、猛訓練と重装備で補うとしたのが海軍の目指した道でしたが、その歪みは相次ぐ事故によって多数の犠牲者を生んでしまう。
艦の設計は大幅に見直されるようになったのですが、事故の原因ともいうべき無理な訓練を推し進めた責任者の追及は行われず。
それが開戦後も敗北による更迭は行われないという不思議な慣習に繋がっていったのですかね?上司に楯突くと左遷されたり、都合の悪い事実の口封じはあったようですが。


そして迎えた太平洋戦争の開戦。
連合艦隊長官・山本五十六による発案である空母6隻による奇襲が成功したことにより、真珠湾にあったアメリカ太平洋艦隊の戦艦群は壊滅。ただしそれは同時に戦艦である「長門」も航空機に主力の座を譲り渡す出来事でもあったわけです。
しかも米戦艦の多くは浅い湾内に着底したために、その後サルベージされて徹底的に近代化改修を施した後に戦線復帰を遂げてそれなりの働きをしたのに対し、「長門」は燃料不足や敵情不明のために終盤まで本土に居座ったままだったというのが全てを物語っているような気がします。
ようやく来た出番が「大和」にしろ「長門」にしろ、すでに日本が制空権を失った(主力を失った)後というのが皮肉でした。
最後は原爆の水中実験によって、他の老朽艦とともに静かにその生涯を閉じたわけですが、今思うと三笠とは違う意味で記念艦として日本の地に残って欲しかった思いはありますね。
軍艦の姿というのは、たぶん今も昔もどこか少年の意識を刺激するもの。
そしてその中身は巨大メカニズムを扱う上での合理性と軍隊組織という非合理性が同居する。それが軍艦ならではなのかもしれません。
本作では歴代の艦長・艦隊司令官から士官・下士官・水兵まで。まことに数多くの海軍将兵が「長門」に関わり、去って行くさまが描かれました。それはまさにただの軍艦を超えて当時の海軍の象徴だったと思わされました。
海軍出身の著者だけに、良きにしろ悪しきにしろ海軍全般に対する愛情が感じられた作品であったことがこれだけの長編でも飽きることなく読み通せた理由だと思いますね。

*1:ちなみに戦艦として続けて建造されたのは姉妹艦「陸奥」のみで、ワシントン海軍条約によって、あとは「赤城」「加賀」のように空母に改装されるか、「土佐」のように標的艦となった後に取り壊された