5期・16、17冊目 『四十七人の刺客』(上・下)

四十七人の刺客〈上〉 (角川文庫)

四十七人の刺客〈上〉 (角川文庫)

四十七人の刺客〈下〉 (角川文庫)

四十七人の刺客〈下〉 (角川文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
赤穂浪士の討入から三百年、忠臣蔵の歴史に聳立する画期的な傑作が誕生した。公儀が赤穂藩に下した理不尽な処断に抗して、大石内蔵助吉良上野介暗殺という非情のテロを決意する。塩相場の操作で資金を集め、謀略を駆使して吉良の喉元に迫る大石。藩主の実父を護るため、財力を傾け知嚢を絞ってこれを阻もうとする上杉家。武門の意気地にかけて死力を尽くす両者の暗闘は、ついに幕府権力をも脅かす。

『その日の吉良上野介』を読んで忠臣蔵の新しい視点を得て感動を覚えたのが4年前のこと。⇒http://d.hatena.ne.jp/goldwell/20060328/1143557534
最近、id:taisin0212さんに同じ著者・池宮彰一郎氏による本書を教えていただき、これは読んでみるべきということで手に取ってみました。*1


元となった刃傷事件の原因についてははっきりとは書かれていません。その他のいわゆる「忠臣蔵」として一般に流布されている逸話・伝承についてはばっさり切り捨てているか、ある意図によって作られたとしています(後述)。
吉良上野介の回想として、2度の指導を通して感謝を受けるならまだしも、切り付けられるほどの恨みを買うような覚えがないと言わせています。しかし、人というのは恩はいっときの感謝で忘れてしまうが、恨みというのは長く残るもの。口が達者で指導する側の老人(吉良)と中小ながら大名当主としてのプライドを持つ浅野との感情の行き違いとするきわめて人間的な考察が入っています。たまたま赤穂事件は『仮名手本忠臣蔵』によって後世有名になりましたが、本編で過去の事例が紹介されている通り、結末に改易等の厳しい結果が待っていようとも、大名同士のトラブルで刃傷沙汰まで至った例は結構多いみたいですね。


さて、取り潰しの憂き目にあった赤穂浅野家藩士たちのその後ですが、吉良邸討ち入りまでは1年10ヶ月も期間があります。もちろん幕府による沙汰や城受け渡しなどといった表向きの手続きや、御家再興か仇討ちかに揺れる藩士たちの顛末も書かれていますが、復仇結盟後の攻める大石内蔵助と守る米沢上杉藩家老・色部又四郎の駆け引きが最大の見所でしょう。吉良への悪評やブラフなど策略を用いて徐々に敵を窮地に追い詰める大石。謙信以来の武の名門・上杉家の面目を立てるために対応に苦慮する色部。互いに面識なくとも強敵と認めて水面下で火花を散らす描写には派手な討ち入りとは違う面白さを感じました。
実は大石内蔵助は若い頃から大阪商人に「武士にさせるにはもったいないお人や」と言わせるほどの経済通で、勘定方に就任して以来藩庫を潤わせており、不意の藩の出費はもちろん、取り潰しが決まった後も分配金と説得によって混乱を避けることができたエピソードがあります。それは討ち入りの準備や浪人たちの暮らしを用立てる際にもその豊富な資金が活きてくるわけで、そういった才能と人望の持ち主でなければ長い雌伏の後に討ち入りを成功させることができなかったであろうことを暗に示しているように思います。それでいて大石本人をして、「俺は悪人だ」と言わせているところが複雑ではあるのですが、実際綺麗事だけでは事を成すことはできないのでしょうね。


そしてラストの討ち入り場面。有能な指揮官・大石が練りに練った作戦によって戦闘を主導し、出遅れながらも必死に守る上杉家の武士たち。ドラマのような演出は無いシンプルな戦闘場面ですが、要塞と化した吉良邸内の激しい攻防には手に汗を握るようでした。*2
結局、亡君への忠義というよりも、武士としての面目を賭けての赤穂浪士と上杉の戦いという構図、それに権勢第一の柳沢吉保を中心とする幕府の思惑や武士以外の人々を交えて描いたのが良かったですね。歴史小説として最初から最後まで充分楽しめた作品でした。

*1:池宮氏の著作は何冊か読んでいるし、本作は映画化もされている有名作であるらしいのに未読だったとは迂闊

*2:ウィキペディアによると邸内の戦闘は2時間近くとあるが、作品内では休戦時間を挟んで3時間以上の戦闘が書かれている