5期・7冊目 『子供たちは森に消えた』

子供たちは森に消えた (ハヤカワ文庫NF)

子供たちは森に消えた (ハヤカワ文庫NF)

内容(「BOOK」データベースより)
1982年、体制の崩壊を目前にしたソヴィエト連邦ロシア南部の森で、ナイフの傷跡も無残な少女の死体が発見された。それを皮切りに次次と森で子供たちが惨殺される事件が発生し、担当の捜査官ブラコフは、精神科医の協力を得つつ連続殺人犯を追う。そして1990年、ついに逮捕された男は、恐るべき事件の全貌を語り始めた…8年間に50人以上の少年少女の命を奪った異常殺人者の素顔に迫る、戦慄の犯罪心理ノンフィクション。

1978年から1990年にかけて、社会主義体制下のソビエト連邦ロストフ州を中心に隣接するウクライナやモスクワなど広範囲に渡って52人*1もの少年少女を殺害した人物*2を扱ったノンフィクションです。
民警(ソ連の警察組織)を始めとする捜査側の視点から連続して起こった残忍な殺人事件を実に詳細に綴ったドキュメンタリー。そこから浮かび上がるのはソビエトの社会的な矛盾、そして社会主義の理想とは程遠い国民の姿ですね。西側先進国がすでに科学捜査とコンピューターネットワークを取り入れている時代に、そのどちらも発達していないソ連では旧弊と怠慢に支配された警察組織は冤罪と信頼できない調査記録を生み、遅々として進まない捜査状況があらわにされます。
最初に発覚した事件(1983年)から数年経っても被害者は増えるばかり。膨大な人数を投じながらも真犯人の尻尾さえ捕めない民警には組織として欠陥があったとしか思えません。


といっても当の捜査関係者を責めるにはやや酷と思える部分もあります。当時のソビエト連邦では、「連続殺人は資本主義の弊害によるものであり、この種の犯罪は存在しない」というのが公式の見解であったそうです。そのため捜査のノウハウも無く、ただ犯罪履歴があるものや知的障害者や特殊な性癖があるものを中心に調べたり*3、手がかりがあれば人海戦術で調べたりとかなり苦労があったようです。あまりの被害者の多さと殺害方法のバリエーションによって、複数犯人説が何度も浮上して、その度に民警内部でも紛糾した様子が描かれます。
そんな中で、現場の捜査チームリーダー・ブラコフは今までの方針に疑問を持ち、大学の精神科学者に資料を提供して犯人像の鑑定を依頼します。
どちらも社会体制下では非主流派とも言える考え方の持ち主でしたが、結果的に実際の犯人像に迫っていたわけで、そういった試行錯誤を通して犯人に近づいていく様がスリリングではあります。
ただ、次々と現れる関係者のロシア人名についていけなかったのも事実ですけどね。


ついに犯人が逮捕されて精神科医によりその生涯が明らかになり、犯行にいたる経緯がわかるのですが、実は殺人にいたる前に教師を務めていた頃、何度も少年少女への性犯罪を犯していたことが明らかになります。*4
その時点で法による裁きを受けていればここまで被害者が続出することもなかった可能性が高いのに、実際は校長によって揉み消されてしまったために数年後には更なる犯罪へとエスカレートし、このような結果になってしまったことを思うと何ともやりきれないですね。
結局、本人自身と環境による要因、そしていくつもの偶然が重なって史上稀な連続殺人事件となってしまいました。


余談ながら、邦題の『子供たちは森に消えた』はいかにもホラー小説っぽくて味わいあると思うのですが、内容および原題の「Killer Department」の訳としてはいかがかと。
でも、まんま「シリアルキラー」では芸がないし、「異常快楽殺人」そのものではあるけれどすでに平岡夢明が出しているしなぁ。*5

*1:起訴状に記載された人数であって、疑わしいものも含めればそれ以上

*2:あえて名は伏せておく。モデルにした小説化もされて名が知れつつあるけれど、知らずに読んだ方がミステリとしても味わえる

*3:そのこと自体は決して間違っていないが捜査側の先入観が甚だしく、自白強要の末に誤認逮捕を重ねて自殺者まで出した

*4:性犯罪者は再犯傾向とエスカレートして歯止めが効かなくなりがちなのはよく言われること

*5:当然、この人物も取り上げられている