4期・48冊目 『滅びの笛』

滅びの笛 (徳間文庫)

滅びの笛 (徳間文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
南アルプス山麓を登山中のハイカーが人間の白骨死体を発見した。死体は鼠に喰われたものと推論された。70年に一度というクマザサの開花で、鼠が異常繁殖の兆候をみせているという。関係官庁の対策は後手に回り、犠牲者が続出、事件はただならぬ様相を深めた。―数十億の鼠の大群と人間の凄絶な闘いを描く壮大なサスペンス。

後先考えず、欲望のままに自然破壊・鳥獣の乱獲を行った結果、それがどのように人間に跳ね返ってくるか?
その答えとして、人間にとってありふれた存在であるドブネズミを想像もつかないかたちで驚異的なモンスター*1として登場させ、人間が無残に敗れる様を迫力ある筆致で描いていると言えるでしょう。


120年に一度という南アルプス一帯のクマザサの開花。山々を黄色く覆うほど結実した実を食べて異常繁殖したドブネズミ*2。天敵の減少など自然のバランスが崩れた結果、冬が到来してひたすら食べ物を求める*3そのとてつもない数の軍団の矛先は人間たちへ向かうと予想される。
その兆候を知った環境庁に勤める主人公・沖田克義が師である右川博士や友人の曲垣記者らと協力して鼠の脅威と早期の対策を訴えるが、上司はとりあおうとしない。
このへん、既得権益に縛られ徹底して頑迷保守な上層部と、理想主義が過ぎて孤立する主人公らとの比較が対照的です。それにしても、未曾有の危機に対して建前や職分に固執する役人たちのなんと有害無益なことでしょうか。


死人が複数出始めてやっと対策を始めるものの、その脅威をみくびったせいで対応がことごとく後手にまわり、一層数を増した鼠群は堂々と村落や列車さえ襲うようになる。
もはや狂気に駆られて生き物だけでなくありとあらゆるものを食べ尽くそうとする、あたり一面の無数の鼠群に襲われる恐怖がこれでもかというくらい伝わってきて、結構きますね、これは。*4
億単位に膨れ上がった鼠群によって山梨県内の市町村は山側からことごとく廃墟と化していき、やがて中心部の甲府市に迫るのは明らか。顧問に右川博士を迎えた対策本部は自衛隊・警察による防衛を図るが、そこに想定外の脅威が・・・。


数あるパニック小説の中で、異常現象が人間社会を襲うすさまじさでは『日本沈没』がスケールの大きさで随一だと思いますけど、個々の場面での迫力では本作も劣ることはないですな。西村寿行氏による表現力のすごさに加えて、非常時に明らかになる人間の本性がかなり赤裸々に書き分けられています。パニックに駆られて発生した暴徒の行動に関してはややパターンかなと思いましたが(性的な意味で)。

*1:実際、作中でも山を覆うほどの億単位の鼠群をまさに巨大な化け物がうねっているように描写している

*2:本来人家付近に生息していたドブネズミが山をテリトリーとしていたハタネズミを追いやって数を増していたという

*3:ドブネズミは自分の体重のおよそ1/3の食料を必要とする

*4:主要人物たちでさえ鼠の大群に襲われて、もうダメかと思ったら、しばらくして実は生きていたという場面が何度も