3期・41〜43冊目 『樅ノ木は残った(上中下巻)』

樅ノ木は残った(上) (新潮文庫)

樅ノ木は残った(上) (新潮文庫)

樅ノ木は残った(中) (新潮文庫)

樅ノ木は残った(中) (新潮文庫)

樅ノ木は残った(下) (新潮文庫)

樅ノ木は残った(下) (新潮文庫)

出版社/著者からの内容紹介(上巻)
仙台藩主・伊達綱宗、幕府から不作法の儀により逼塞を申しつけられる。明くる夜、藩士四名が「上意討ち」を口にする者たちによって斬殺される。いわゆる「伊達騒動」の始まりである。その背後に存在する幕府老中・酒井雅楽頭と仙台藩主一族・伊達兵部とのあいだの六十二万石分与の密約。この密約にこめられた幕府の意図を見抜いた宿老・原田甲斐は、ただひとり、いかに闘い抜いたのか。

本書のテーマである伊達騒動のことはさらっとしか読んでなくて、ことの顛末等詳しく憶えてはなかっただけに、結論から書くと長い長い暗闘の末の最後の場面は衝撃でした。
藩を我が物とする伊達兵部(宗勝)と正面切って抵抗する伊達安芸(宗重)との派閥抗争と言われる伊達騒動。伊達兵部の股肱として動き、最後は伊達安芸らを惨殺して悪臣としての名を残した原田甲斐(宗輔)。その彼を主役に据え、真の敵との闘いのために汚名を覚悟の上で耐え抜いて陰ながら藩を守った人物として描いています。
ある意味徳川幕藩体制の暗部を露にし、藩(お家)のために生きる武士たち(そしてそれを巡る女性たち)の哀しい物語と言えましょうか。


お家騒動というものも結局藩の権力闘争の面が強いですが、素人としては今に残る史料からは勝者と敗者の記録しか伺えない。結果からして正義と悪で分けがちですが、そうそう人間というものは単純な評価はできないもの。
藩のため、主君のため、己のため・・・当時の人物たちがどんな思いであがいたのか。それを史料はもちろん、想像力を駆使してデテールを埋め、時代の人間ドラマを楽しめるのが時代小説の醍醐味です。
そういう意味では派手さは無いものの、脇役にいたるまで生きる意味について悩み葛藤し、情や欲にも振り回される様が丹念に書き込まれていますね。印象的な人物が新八とおみや、そしておみやの兄・柿崎六郎兵衛。彼らは騒動のきっかけとなった藩主・伊達綱宗逼塞には間接的な関わりしかなかったものの、おおいに影響の受けた人たちであり。その後どういう人生を送ったが対照的です。


そして何より原田甲斐の人物像でしょう。
誰からも好かれ、故郷の自然を愛し、穏やかな人生を送ることを願っていた。それが好まざる藩抗争に巻き込まれていく。責任ある地位についていて、強大な存在による陰謀が明らかになった場合、どのような道を選ぶべきでしょうか。身の安全を優先して服従するか、生命を賭して戦うか。
事の本質が見えてしまった原田甲斐はあえて困難な道を選びます。読んでいるこちらが歯噛みするほど辛い目にあっても動揺は表に出さない。愛する者も友人も次々と失っていきながらも、最後まで伊達家60万石を守る手段を模索し、死ぬぎりぎりまで信念を通しました。尋常ならざる人物です。
早まってことを起こし、たとえ死して名を残すより生きて耐え抜く生き様は、いわゆる武士道とはだいぶ異なる印象です。
果たして実際の原田甲斐がどうであったのか非常に気になるところですが、事実はどうであれ、お家騒動において悪臣とされた中には作中の彼のような人物がいたとしても不思議ではないと思えただけに歴史を知ることの妙味を味わえた作品でした。