3期・12冊目 『くだんのはは』

くだんのはは (ハルキ文庫)

くだんのはは (ハルキ文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
太平洋戦争末期、空襲で家を焼かれ、家族とともに路頭に迷いかけていた“僕”は、縁あってある裕福そうな邸に住み込ませてもらうこととなる。邸には上品そうな女主人と病気の娘の二人が住んでいるだけで、夜になるとどこからともなく悲しげにすすり泣く声が聞こえてくるのだった…。戦争という時代の狂気を背景に驚くべき事実が明かされる表題作の他、“女”シリーズ六篇を含む、幻想の物語全十一篇を収録。

長編だけでなく、こういった短編集を読むと、やっぱり小松左京という人は懐が深い作家だなぁと思わされます。一口にSFと括るには収められた作品は多種多様。ユーモアあり、怪奇あり、時代劇風あり、そして男女の切ない物語もあります。
ただ、舞台として戦争末期から戦後2,30年までが主となっていて、そういった時代背景を多少知っていないと雰囲気が掴みづらいので、21世紀の今日では多少読者を選ぶかも。また、“女”シリーズではいわゆる芸妓の世界の用語が頻繁に出てきます。これがまた独特の世界で、例えばそういった店が建ち並ぶ通りを示す言葉として、「花街」だったらわかったけど、「三業地」は知りませんでしたねぇ。wikipedia:東京の花街


特に印象に残ったのはこちら。

  • ハイネックの女

若いがさえない隣人に不釣合いなほどの美人でよくできた恋人ができて、離婚したばかりの主人公は、心中穏やかではなく、ついつい隣が気になってしまう。常にハイネックの服装で首を隠すその女はどこかしら不自然なところがあり、更に夜中に奇怪な出来事を目撃する・・・。
これはもう孤独な中年男の心境描写に尽きる。優位を保っていたはずが、いつのまにか逆の立場に。そういう時に陥りやすい感情は嫉妬。女の正体に執着し続けた主人公は最後にその感情から解放されたのか。とても気になるラスト。

  • くだんのはは

終戦の年の夏。普通の勤労学生である“僕”が直面する暑く不快な現実から一転して屋敷の中の非現実的なほどの静寂。そんな環境の対比が鮮やか。
秘密を知ってしまった“僕”の顛末はお約束といえばお約束っぽくはあるけど、やはりショッキングで恐ろしい。
妖怪・件(くだん)の伝説*1を下敷きに、著者の少年時代の体験を交えた優れたストーリーとして仕上がっている。あえてひらがなで書かせたタイトルなのに表紙でネタバレしているのがちょっと残念。

  • 流れる女

話としては還暦を間近に迎えた男性と、元芸妓で今では芸の師匠となっている大変魅力的な女性とのストイックなラブ・ストーリー
と思わせておいて、終盤が怪しくなる。主人公の義父と長男も同じ時期に理想的な女性と付き合っていて、それぞれ亡くなったはずの彼女の母・娘を思わせる。
最後は不思議な感じのまま終わってしまうのが気になる。やはり人外の存在であったのだろうかと・・・。
ちなみに冒頭、舞台となるK市について緻密な描写がされていて、内容から察するに金沢市がモデルかと思うのだけどどうだろう?*2

  • お糸

純情可憐なお糸を主人公とする時代劇かと思いきや、さりげなく登場するエレキテルやらからくりに、おや?と思わされ、空飛ぶ巨船に驚く。実は純和風SFだったというなかなか凝った作品。主題としてはありふれているけれど、ほのぼのしてていいなぁ。お糸と同じ時代を過ごしてみたいと思ったりして。


ざっと目次を見返してみても、他に「蚊帳の外」「無口な女」「湖畔の女」など挙げてみるときりがないのです。それも解説にあるように落語や伝承など内外の古典にも造詣が深い著者が、SFとして再構築するのに長けているからなんでしょうねぇ。

*1:wikipedia:件

*2:織豊末期に大名となり、江戸時代は外様の大藩の城下町だった、との記述