19冊目 『吉宗と宗春』

吉宗と宗春 (文春文庫)
作者: 海音寺潮五郎,
メーカー/出版社: 文藝春秋
発売日: 1995/04
メディア: 文庫

それぞれ藩主になるまでは似たような生い立ちでありながら、謹厳実直で神経質な吉宗と、豪放磊落かつ野暮が嫌いで風流好みの宗春を対比させた作品です。
二人の対立は性格や政策に関するものだけが原因かと思いきや、将軍継嗣争いでの怨恨に加えて、尾張徳川家藩祖義直以来の勤皇精神から端を発していたとは、実はかなり根が深いものだったと感じました。特に水戸ではなく尾張徳川家の勤皇については初見なので意外でした(幕末関係の本で読んだのを印象に残らず忘れていただけかもしれませんが)。


まず徳川吉宗って人物はですね、子供の頃に歴史漫画で読んだ記憶がありまして、放漫経営などでたがが緩み始めた幕府を見事建て直すことに成功させ、物価の調整に苦労したり目安箱設置に代表されるような斬新かつ細やかな政治を行ったという印象がありました。


しかしその後いろいろと読んでいる内に、享保年間の一揆発生件数がすごく多いことに気づきまして、本作品でも触れていますが米価公定や小判改鋳などと、改革の後半はもう悪法というか失敗ばかりだったわけです。要は幕府の根幹(米=棒給ですから)を守ることばかりに固執し、貨幣中心の世の中に変わったことに対する配慮が足らなかったのかと思われます。


徳川宗春という人物については、豊田有恒『異聞・ミッドウェー海戦―タイムパトロール極秘ファイル』(ISBN:4041377307)所収の中の「尾張名古屋異聞」で初めて知った以外、特に小説などで触れたことはありませんでした。
幕府の倹約奨励、華美を慎み質素を良とする緊縮政策に徹底的に反抗して、領内を独自の政策で繁栄させることに成功させ、幕府側の掣肘をことごとくかわすあたりまでは、胸のすく展開ですが、最後は逆に嵌められた形でまだ40代の若さで隠居させられてしまうのです。


結局この人は自身の信念のもとに反抗するだけしたが、幕威未だ揺るがない時代には一時的なものにしかならなかったのではと、少し物足りないような気分になりました。
幕末頃に登場していたならば、島津斉彬松平春嶽のような賢候と称えられていたかもしれませんね。


ところで解説によると初稿は昭和14年とあって驚いたのですが、70年近い年月を経た割には違和感を感じませんでした。そういえば表現が古めかしい部分がありますが、内容が歴史ものだけに逆にしっくり感じられるのかもしれません。