8冊目 『大誘拐』

大誘拐―天藤真推理小説全集〈9〉 (創元推理文庫)
作者: 天藤真
出版社/メーカー: 東京創元社
発売日: 2000/07
メディア: 文庫

犯罪としては手を出しやすい割に、完全に目的を果たすのは難しいと言われる誘拐に関しては、作者としてもいろんなアイデアやストーリー展開に知恵を振り絞った著作が世に出ている。そんな中で傑作に出会うと、読んでいる最中も続きが気になってワクワクしてくるし、最後のどんでん返しにびっくりさせられたりと、本読みとして至福の時間を得られる。


本作もそんな経験をさせてもらった1冊である。最近よく読んだ犯罪小説と違い、本作で全編に渡って感じるのがほのぼのとした雰囲気である。何よりも本当の悪人は出てこないし、殺人はもとより誰一人傷つかない犯罪小説って珍しいのではないか(一番大変だったのが警察の人たちというのは仕方が無い(笑))。


前半で早々に実際の犯人の普通っぽさというか間抜けさがわかってしまい、どうするのかと思わせておいて、そこから意外な事件の黒幕の活躍が始まる。読めば早々にわかってしまうのだが、柳川とし子刀自*1のただのカリスマだけでない人間的魅力とスーパーおばあちゃんぶりに驚く。でも考えてみれば、戦争を生き抜いたこの世代ってバイタリティ強くて当たり前かもしれない。80超えても心身共にしっかりしているご老人はよくテレビでもよく紹介されるし。


とし子刀自の作戦によって、警察はいいように最後まで振り回されてしまう。このあたり「ルパン三世」をイメージする。そう言えば県警の指揮をとった井狩本部長は何となく銭形警部の雰囲気が漂わせるような気がするし。
刀自自身の動機については最後に明かされるが、そこまでの活躍ぶりから考えれば意外と普通っぽい理由なんだな、と思った。心情的に理解はできなくはないけれど。もっともそれで本作の魅力が損なわれることは無いし、最後は爽やかな気分になれる。


それにしても解説を読んで、実は凄い作品だったということを知った。
→文春による「二十世紀傑作ミステリーベスト10」の国内部門で堂々一位に選出・・・
あまり書評などは気にせず、気ままに読書してきた私だが、まだまだ知らない傑作があるのだと知らされたわけである。

*1:恥ずかしながら「刀自」とは年配の女性を意味だなんてわからなかった