5期・1冊目 『トリフィド時代―食人植物の恐怖』

トリフィド時代―食人植物の恐怖 (創元SF文庫)

トリフィド時代―食人植物の恐怖 (創元SF文庫)

出版社/著者からの内容紹介
地球が緑色の大流星群の中を通過し、翌朝、流星を見た者は一人残らず視力を失ってしまう。狂乱と混沌が全世界を覆った。今や流星を見なかったわずかな人々だけが文明の担い手だった。しかも折も折、植物油採取のために栽培されていたトリフィドという三本足の動く植物が野放しになり、人類を襲いはじめたのだ! 人類破滅SFの名作。

先天的あるいは後天的に視力を失った人は少数ながらも一定数いて、周囲の助力を得ながらも懸命に生きているのだと思います。もしもその割合が逆転してしまったら?
作品の中では目を患い入院中だった主人公をはじめ、たまたま寝ていたとか地下にいたといった理由で世紀の天体現象を見られなかったわずかな人*1だけは無事だったものの、大多数の人が視力を失い大パニックを起こしています。
人間から視力を奪うだけで、行動力そして精神的な均衡さえ失っていく様が無残にも描かれています。今まで見えていたものがまったく見えなくなる恐怖というのは確かにありますからね。


それに加えて、本来植物油採取のために栽培されていたトリフィドが人間の管理から解き放たれ、その長く伸びる猛毒の刺毛を持って、逃げる術の無い人間を次々と襲い始める。*2
主人公はもともとトリフィドに関する研究者であり、同僚との会話でトリフィドの持つ危険性を耳にしていたのですが、まさにそれが最悪の形で的中してしまったわけですね。
都市機能の麻痺に加えて新種の伝染病まで蔓延するようになり、次々と命を落としていく人々。実は全ての元凶として密かに開発されていた生物兵器の可能性が示唆されているあたりが、冷戦時代の影響を感じますね。


混乱し崩壊しつつある人間社会に忍び寄るトリフィドの脅威。そんな中で目が見える主人公ら少数の人間は今後いかにして生きていくかが重要なテーマになっています。
視力を持つ人間はあまりに少なすぎて、視力を失った人々を全て救うことなど不可能。
そのような状況においては、新たな時代に適応した道徳律をもって生きていくべきか、あくまでも旧来の道徳を維持すべきか、あるいは宗教による規範か・・・。
さまざまな主張を振りかざす人間が登場し、長い会話の中で見られるこの時代のイギリス人の思考が興味深くはあります。*3
でも、主人公はあくまでも途中ではぐれたヒロインを探し出すことのみ考え行動。たまたま出会った人々とコミュニティを作りあげ、トリフィドから守るために全力を尽くす姿に共感するんですよね。
何度も書かれているように、人は決して一人では生きていくことのできない。そして世紀末の状況を呈した中で子孫のために何をすべきか。破滅していく文明社会の中でも未来を見据えて足掻く人々に明るさを見出しつつ物語は終わります。
時代感覚には古臭さを感じてしまう点は否めないですが、その世界観やストーリーとしては秀逸な作品ですね。

*1:作品中の描写からいって、全体の0.1%以下と思われる

*2:毒で獲物を死に至らせ、腐肉から栄養を吸収するというおぞましい特徴を持つ

*3:訳のせいか、へんな表現があったりして読みにくい部分あり