山本弘 『まだ見ぬ冬の悲しみも』

まだ見ぬ冬の悲しみも (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

まだ見ぬ冬の悲しみも (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

内容(「BOOK」データベースより)

時間的同一性交換によって6カ月前の世界へ向かった俺が見たのは、すべてが燃えあがり、あらゆる生命が死滅した終末のパノラマだった―タイムトラベル実験の恐るべき顛末を描いた表題作、謎の異星生命体との危険なコンタクトを果たした詩人の手記にしてSFマガジン読者賞受賞作「メデューサの呪文」、アキバ系科学幻想譚「シュレディンガーのチョコパフェ」ほか、全6篇を収録する最新作品集。時間、宇宙、言語、超人テーマなど、SFならではのアイデアを現代に蘇らせる、科学と奇想と語りの饗宴。

久しぶりにSFを読みたくなって手に取りました。
前に著者の手による外国SFアンソロジーは読んだことがありますが、本人の作品はかなり久しぶりかもしれないです。
どれもこれも個性溢れる作品でしたね。荒唐無稽な話にリアルっぽくするための物理系のウンチクがくどく感じたりはしましたが。


「奥歯のスイッチを入れろ」
事故により命は取り留めたが両足を失った宇宙飛行士が最新の技術により、記憶を移植したサイボーグ戦士(スーパーソニックソルジャー、略してSSS)として生まれ変わった。
その身体能力は凄まじく、人間の認識するより遥かに高速で動けるのだが、本人の認識が追い付けないために訓練を要した。
そこまでして主人公が生きたいと願ったのは、かつての恋人で科学者となった女性の願いによるものであった。
しかし、同じように改造された敵国のSSS戦士が要人暗殺に使われたことを知ってしまう。
昔流行ったアニメや特撮に登場したサイボーグ戦士とか人造人間もの。*1
それを無駄にリアルに追及していったら、どんな困難が待ち受けているかを描いたと言えましょう。
大事な女性を護りたいという気持ち、同じような能力を持った強大な悪を相手に奮闘するあたりがまさしくヒーローです。
しかし、リアルにしちゃうと、移動するだけで大変ですわ。例えば、衣服がもたなくて全裸になっちゃたりとか…。


「バイオシップ・ハンター」
人類が宇宙に進出して様々な異星人たちと接するようになった時代。
輸送船がバイオシップ(生きている宇宙船)を使う海賊に襲撃される事件が発生。
そこでバイオシップを利用する恐竜進化型型の宇宙人に疑惑がかけられて、とある男が彼らのもとに乗り込んで調査を行うことになった。
異星人とのカルチャーギャップはSFでも定番ですが、異星人たちの性質はもちろんのこと、宇宙船自体が生き物である点に特色があります。
機械的で高度のテクノロジーの塊である地球の宇宙船とは大違いで慣れるのが大変そう。
事件の謎そのものもバイオシップならではといった感じでうまくまとめられていると思いました。


メデューサの呪文」
かつては高度な文明を持っていたのに今では原始的な生活を送る宇宙人とのコミュニケーションに難儀していた学者たちであったが、詩人を連れてこいとの相手の要求により、仕事の傍ら詩を嗜んでいた主人公が呼ばれて…。
カルチャーギャップの一種だけど、それが想像を絶する言葉の力だというのがユニーク。
言葉の力というと日本には言霊があるけど、そんな生易しいものではなく、使いようによっては人類を滅ぼす強力な精神兵器にもなりうるのだという。
直々に教えられた主人公だけど、それを仲間に伝える術を持たなくて、とんでもない事態に発展してしまいます。
自分たちより遥かな高みに位置する脅威など、身をもって体験しないとわからないものでしょう。


「まだ見ぬ冬の悲しみも」
数日間の範囲だが時間旅行が可能になった時代。
テストパイロットとなった主人公には一つの欲望があった。
それにはふられ続けている憧れの彼女との過去をやりなおすこと。
時を超えるという画期的な発明を手にしても、人間の動機というのは変わらないもので。しかし、過去からやってきたもう一人の「俺」が直前になってすり替わろうと襲い掛かってきて…。
タイムトラベルした先が破滅した未来という、ショッキングな内容であったのは確か。
時間に対する考え方も変化していくのだろうけど、こんな結末が納得いくかどうかはわからないまま。
タイムマシンに乗った未来人が来ないのはそこに到達するまでに人類が滅んでいるとか、タイムトラベル事態が破滅をもたらすから戒められているからとか…?


シュレディンガーのチョコパフェ」
とあるノーベル賞候補の天才による発明は世界に対する恨みが籠められていて、因果律を崩壊させる危険なシロモノであった。
互いの趣味を尊重しあって程よい距離感を保ったオタク同士のカップルは著者の理想の一つなんでしょうか。
それはともかく、主人公が懸命に急ぐ中で周囲が加速度的に滅茶苦茶になっていく展開は筒井康隆を彷彿させられましたね。


「闇からの衝動」
病弱な少女は乱暴者の少年への復讐を成し遂げるため、悪魔の力を借りることを思いつく。自宅の地下室の奥には怪しげな円形の蓋があって、その先にはきっと悪魔が棲みついているいるのだと信じて…。
1930年代のアメリカSF*2作品へのオマージュとなっている内容。しかもそれが実在の作家と作品を登場させながら展開するのだから凝りようがすごい。
原典自体は読んでないから知らないけど、きっと影響を受けたと思われる国内の作品は目にしているので、なんとなく雰囲気が伝わってくるのが楽しかったです。

*1:今でも仮面ライダーがそれに近いか

*2:クトゥルフ神話的なダークファンタジーと言えるかも