9期・37冊目 『フィッシュ・ストーリー』

フィッシュストーリー (新潮文庫)

フィッシュストーリー (新潮文庫)

内容紹介
最後のレコーディングに臨んだ、売れないロックバンド。「いい曲なんだよ。届けよ、誰かに」テープに記録された言葉は、未来に届いて世界を救う。時空をまたいでリンクした出来事が、胸のすくエンディングへと一閃に向かう瞠目の表題作ほか、伊坂ワールドの人気者・黒澤が大活躍の「サクリファイス」「ポテチ」など、変幻自在の筆致で繰り出される中篇四連打。爽快感溢れる作品集。

表題作が気になって購入しました。
収録作品は以下の四編。


「動物園のエンジン」
動物園を退職した元職員は夜になると折の前で寝ていた。
元職員がいると動物園および動物たちの活力が増すということで、彼は動物園のエンジンと呼ばれていた。
朝になると彼はマンション建設予定地に行って、反対派の主婦に混ざって建設反対のプラカードを持って立っている。その行動のわけは?
何か劇的な展開が待っているのかと思わせておいて、でもそんなことなかった空振り感しか残らなかったですね。


「サクリファス」
県境に近い山奥の村には昔から災いを払うために人身御供を洞窟に閉じ込める習慣があった。
それは現代においても形式的に引き継がれているが、村長と仲の悪いある人物が奇妙なほどよく籤に当たってた。
人捜しの依頼で村を訪れた黒澤は村人から事情を聞く内になぜかその風習が気になってしまう。
人身御供と聞いて最初はホラーな話かと思いましたけど、伊坂作品には度々登場する本業・空き巣、副業・探偵の黒澤による謎解きといっていいかな。
ストーリー的にはあっさりしているけど、黒澤と柿本夫人(花江)や老婆との会話が絶妙で読んでて飽きなかったです。


「フィッシュ・ストーリー」
流行から外れて売れないロック・バンドが最後のレコーディングを一発勝負で行った。
ボーカルが呟いた部分を無音処理して売り出されたレコード。
時は流れて、それを聞きながら田舎道を車で走っていた男は無音となったタイミングで女性の悲鳴を聞く。
三十数年前に収録されたレコードが偶然が重なった結果、世界を救うことになった。
それも「風が吹けば桶屋が儲かる」くらいの際どさなんですが、その構成とさりげなく語られる「正義」が心地よくて、この中で一番好きな作品ですね。


「ポテチ」
空き巣の今村と過去の因縁で同棲している大西の二人が主人公。
プロ野球選手・尾崎のマンションの空き巣に入ったが今村は早々に有名野球漫*1に没頭してしまう。
そんな時に尾崎に助けを求める電話があって、放っておけずにその場に向かってしまう二人。
なぜか今村は尾崎のことになるとむきになってしまう。実は彼と尾崎は同じ日に同じ病院で生まれたという過去があったという。
冒頭の漫画、そして途中で出てくるポテチという小道具が伏線になって、取り違えたけど結果オーライだったというのがテーマらしい。
ただ最後まで今村と大西の二人の行動には疑問符が残ったままでした。


全編を通じて不思議な雰囲気に包まれていますね。それが著者の作品の魅力なんでしょうか。
特に繋がりは無い短編集であり、元々の著者のファンかどうかで評価が分かれる気がします。
個人的には何人かの登場人物の描写や会話には魅力を感じたものの、脈絡のない行動や人間関係の捉えどころの無さ、それに山場が無いままあっさり終わってしまうことからあまり印象に残りにくいですね。

*1:アニメにもなった、双子の兄弟と女の子が登場するあだち充の代表作