8期・48冊目 『変身』

変身 (講談社文庫)

変身 (講談社文庫)

内容紹介
脳移植手術を受けた男の異色ミステリー巨篇
恋人を愛し、画家になる日を夢見ていた成瀬純一を襲った不慮の事故。そして世界初の脳移植手術。退院後の純一は徐々に性格が変わり、恋人を愛することもできない

主人公の成瀬純一は絵を描くことが趣味のとても優しい性格。裏返して言えば昔から気が弱くて他人に強く出ることはとうていできない人物。
それでも恋人もできて幸せな生活を送っていたのですが、ある日アパートを探しに出かけた不動産にて強盗に遭遇。
小さな女の子をかばった際に銃弾を頭に受けて瀕死の重傷を負ってしまいます。
しかし数百万分の一の僥倖で適合するドナーが見つかり、世界初の脳移植手術を受け、無事回復することができたというのが序盤。
記憶や知能に問題なく、退院して社会復帰も果たしたのですが、事故に遭う前とは何かが違う。
思ったように絵が描けず、いつのまにか他人を憎み殺意さえ抱くようになり、そして何よりショックだったのが、あんなにいとおしかった恋人を愛することができなくなってしまったこと。
以前の純一ならば考えられなかった内面の変化により、純一は確信します。
ドナーより提供され移植した脳の影響を受けているのだと。


徐々に精神が何者かに乗っ取られて、自分が自分でなくなってゆくことへの恐怖・苛立ち・苦悩が非常によく伝わってくる内容です。
一気に読ませるサスペンスとしての魅力、変貌し追いつめられた純一がどうなることかとハラハラさせておいて、感動的なラストをもっているあたりはさすがですね。
一方で、担当教授が助手を派遣しただけで何がしたかったのかわからないこと(終盤に献身的に寄り添い、最後に思いが通じた恋人・恵に対して、変身が進む純一を助けようとした助手の直子は結果的に不幸としか思えない最期)、ドナーの残された双子のこととか、放置された点が気になったことは否めないです。
体の一部が移植されたことで精神乗っ取りというのは空想的過ぎる気がしないでもないですが、体と精神の繋がりというのはおそらく今なお解析しきれないテーマであって、「ひょっとしたら」という部分で面白い内容でしたね。


蛇足ですが、昔よく読んだ筒井康隆の作品に、出生時の輸血が原因でいったん暴れ出すと手がつけられなくなるほど凶暴になってしまう『おれの血は他人の血』。
重態に陥った三人の大臣に、ゴリラ、オットセイ、ウマの脳がそれぞれ移植されたことによるドタバタ国会劇「議会制民主主義」、交通事故で瀕死の重傷を負った作家が、手術の結果一命をとりとめた。ただし、胃袋はブタ、心臓はイヌ、肝臓はウマのものだったことによる悲喜劇「条件反射」 (ともに『心狸学・社怪学』所収)があったことを思い出しました。

おれの血は他人の血 (新潮文庫 つ 4-8)

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心狸学・社怪学 (角川文庫)

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