6期・7冊目 『八月の博物館』

八月の博物館 (角川文庫)

八月の博物館 (角川文庫)

出版社/著者からの内容紹介
あの夏、扉の向こうには無限の「物語」が広がっていた。
20年前の夏の午後、ふと足を踏み入れた洋館で出会った不思議な少女・美宇。黒猫、博識の英国人紳士。その奇妙な洋館の扉からトオルは時空を超えて、「物語」の謎をひも解く壮大な冒険へと走り出した-。

ここに登場するのは、新たな試みの小説を書き始めた作家の「私」、小学生最後の夏休みを過ごそうという亨、そしてエジプトに魅せられた19世紀の実在の考古学者オーギュスト・マリエット。
それぞれ独立した3人の物語(といっても亨は「私」自身がモデルとなった小説の主人公)として始まるのですが、やがて3者が密接に関わっていくというストーリー。
序盤は物語の作為性に行き詰った「私」の心情が吐露される部分が多く、理解はできるもののもどかしく感じもしましたが、亨が気まぐれにいつもの帰り道とは逆方向に行って不思議な博物館を訪れたあたりから一気に加速していきます。


博物館とは少年の好奇心をくすぐる響き。どういう仕掛けか非常にリアルに再現された博物館の中を案内役の少女・美宇や黒猫ジャック*1と一緒に見て周るさまは読んでいるこちらも心躍るよう。
そしてエジプトの遺跡に関するある試みが偶然の一致によって、博物館の存在どころか現実世界までも揺るがすとんでもない事態を巻き起こしてしまい、亨と美宇が事件の鍵を握るマリエットの助けを借りるために19世紀にタイムスリップする(作品内では完璧な再現による同調と表現)という展開になります。
そこで物語をどう収束させるかという点で作家が足掻く姿は見られるのですが、小説の主人公と対話を行うという試みまでは必要だったでしょうか?亨の将来=作家となった「私」に博物館が強く関わっているのはわかるのですがちょっと疑問が残りました。筒井康隆のメタ小説ではそういう趣向として楽しめたけど、本作は安易な結末を避けるためとはいえちょっと盛り上がりに水を差すような感じがしましたね。
そういった試行錯誤(?)があっただけに、亨の冒険のラストは秀逸でジーンと来るものがありましたけどね。
並行して亨の日常においてはクラスメイトに対して素直になれない微妙な年頃の描写も自身の十代前半を思い出させる懐かしさとほろ苦さを感じました。
ところで、作家の「私」は著者自身が投影されていると考えられますが、プロフィール見ると、「私」の同級生で後に研究者となった啓太の方にも近い感じがします。もしかしたら近しい人物も加えて「私」と啓太を創ったのかもしれませんね。

*1:やっぱりタイムトラベルに猫はつきものなのだろうか(笑)