5期・73冊目 『君の名残を』

君の名残を

君の名残を

内容(「BOOK」データベースより)
その日、彼らの時は歪んだ。目覚めるとそこは戦乱の前夜だった―。激動の平安末期を舞台に壮大なスケールで描く衝撃と慟哭の絵巻ここに登場。

高校生が源平合戦の頃にタイムスリップ―――そんなあらすじを見て比較的軽い内容とヴォリュームを想像していたのですが、良い意味で裏切られました。


冒頭、豪雨と激しい雷の中、武蔵・友恵・志郎の3人は800年の時空を超えて過去に跳ばされ散り散りになってしまいます。
駒王丸という少年に救われ、ある武家屋敷に落ち着いた友恵。
山中を迷って古寺に辿りつき、和尚と戦乱の中で親を亡くした子たちと暮らし始めた武蔵。
神隠しに遭って戻ってきたとされてしまう志郎はある武家の次男として生きていくことに。*1
そしていくつかの名を使い分ける僧侶の影が3人を歴史の渦中に誘っていく。


まるで”時”の意思によって導かれた3人は傍観者ではなく、それぞれ歴史上に名の知れた人物になり、歴史を動かす立役者=木曾義仲源義経源頼朝と共に生きていく。*2そんな驚きの運命をやがて自覚していくのです。
読む方としては、中原兼遠と駒王丸の名が出てきた時にすぐに思い出せず、木曾の地と駒王丸の血筋でようやく友恵の役割に気づいたのがちょっと悔しかったりして。


とまどう彼らの心境はあるものの、次第にその時代を濃密に過ごして無くてはならない存在となっていく描写が自然な流れとなっています。なかでも武蔵の家は剣道道場で、武蔵・友恵ともに小さい頃から鍛えられてきたということが重要な鍵となっていることに気づきます。
考えてみれば、戦国時代から江戸時代にかけて洗練された剣術の流れを汲む技能を持つのならば、現代人といえど1対1では優位に立てる、それゆえこの時代でも武芸達者として身が立てられるというのはなるほどと思わされました。
そしてもう一つ現代人の感覚でなければ為しえなかったであろうこと。土地に対する個人の契約制度によって御家人と鎌倉政権を結びつけ、皇室に対する尊崇の薄さが北条義時をして朝廷打倒を行わせる。それらを含む貴族から武家への革命とも言える歴史のダイナミズムを3人の影(実際に名が残るのは義仲・義経・頼朝)の働きでさせたような筋書きはよく考えられてると思いましたね。


かなり長い物語ですが、タイムスリップした3名だけでなく、平清盛後白河法皇といった主要人物や周辺の人物(創作も含む)の心情がこまやかに描きだされて、歴史ドラマとしても楽しめました。
なかでも巴となりきって義仲を愛し尽くした友恵がヒロインとして際立っていましたね。義経との友誼と友恵への想いで揺れる武蔵も良かったです。歴史の流れとしてわかってはいても彼らがどうなってしまうのか最後まで気になってしまいました。*3

*1:彼だけが元々その時代の生まれだったことが明かされる

*2:ネタばれすれば、友恵→巴御前、武蔵→武蔵坊弁慶、志郎→北条(四郎)義時

*3:源頼朝だけが最後まで掴みどころの無いままだったけど、実際そんな感じだったのかも