5期・72冊目 『花の歳月』

花の歳月

花の歳月

出版社/著者からの内容紹介
まれに見る清美なその娘は召し出されて宮廷へ……
人間性の勝利を示す感動のラスト・シーン


河北に遅い春が訪れ、貧しい名家竇(とう)家にも、明るい変化が起こった。娘猗房(いぼう)が長老に推されて、漢の王室に入ることに決まったのである。天が娘に与えた大きな約束は、呂太后が過酷に君臨する宮廷で、どのように果たされるのか?勾引(かどわ)かされた弟広国の行く末は?老子の思想を敷衍する、清らかで華麗な、感動の名作。

久しぶりに宮城谷昌光読みました。
1〜2時間程度で軽く読める短い内容ですが、遥か昔の人々の息遣いや大地の匂いが感じられるほどの時代の雰囲気作りのうまさ。そして古今の漢字を駆使した格調高い文章は相変わらずで、質の良い歴史小説として堪能できました。


内容としては、珍しく(?)戦乱の世ではなく、高祖劉邦亡き後悪妻として有名な呂皇后*1が権勢を振るう初期漢王朝が舞台。
後宮に入った女子が運良く皇帝の寵愛を得るとその一族がこぞって陽の目を浴び、時に廷臣として権力を得る(いわゆる外戚政治)、しばしば官僚や軍閥と対立する。中国の長い歴史の中では何度も繰り返されてきたことですね。
呂皇后もその例に漏れず、劉邦死後その寵を得ていた姫を残忍な方法で辱め、王族を次々と斥けて自らの親族を重職につけたりとやりたい放題であったそうな。


一方、古き名家ながらも今は貧困にあえぐ竇(とう)家には猗房(いぼう)という美しい娘と広国という仲睦まじい姉弟がいるところから始まります。
猗房は父から老子の教えを得ており、しばしば会話に出てくるように、作品内では弱き者の立場にたつ老荘の思想が貫かれているようですね。
その影響もあってか、生まれは貧しくとも人格に優れた猗房は人生の岐路にて周囲の好意により道が啓かれていくさまが描かれています。
その一方で姉が故郷を旅立った同じ日に弟の広国は人攫いによって奴隷の身に落ちてしまうという運命の変転が物語として際立たせていますね。


やがて猗房の夫・劉恒は請われて玉座につき(文帝)、その母や猗房、そして広国も皇族となるわけですが、彼らはそういった立場になっても決して奢ることなかったのが前半の呂皇后のくだりとは対照的です。
長年の別離を経て姉弟が再会する場面はもちろん感動的ですが、最後に広国が候として任地に赴く時、かつて自分を救ってくれた少女と三十余年の時を経て再会する場面もとてもドラマチックで美しいです。

*1:中国三大悪女として、武則天則天武后)、清代の西太后と共に名前が挙げられる。