5期・31冊目 『華氏451度』

華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)

華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)

舞台は、情報が全てテレビやラジオによる画像や音声などの感覚的なものばかりの社会。そこでは本の所持が禁止されており、発見された場合はただちに「ファイアマン」(fireman ― 本来は『消防士』の意味)と呼ばれる機関が出動して焼却し、所有者は逮捕されることになっていた。(表向きの)理由は、本によって有害な情報が善良な市民にもたらされ、社会の秩序と安寧が損なわれることを防ぐためだとされていた。密告が奨励され、市民が相互監視する社会が形成され、表面上は穏やかな社会が築かれていた。だがその結果、人々は思考力と記憶力を失い、わずか数年前のできごとさえ曖昧な形でしか覚えることができない愚民になっていた。
wikipedia:華氏451度

本を読むことは禁止され、所持していることが発覚したらファイアーマン(物語の中では消防士じゃなくて焚書官と呼ばれる)が駆けつけ家ごと燃やしてしまう。
まさに読書家にとっては悪夢としか言えない世界設定ですね。
主人公・モンターグはその焚書官として真面目に勤務しているものの、序盤から彼の家庭描写の異様さが目に付きます。
妻は壁一面がスクリーンと化したテレビに夢中になり、そこに出てくる「家族」との会話に夢中。そしてせいぜい数年程度の夫婦の記憶さえあやふや。さらに睡眠薬を何錠飲んだか定かでないほどの危うさも見られます。
別にノイローゼにでも罹っているわけでもなく、駆けつけた輸血業者(医師ではない)によると、どうやら日常茶飯事らしい。まるで機械のパーツを交換するように血液を入れ替え、なんでもないように振舞う妻。
やがてモンターグは不思議な少女クラリスに出会って、その豊かな感性に刺激を受けて、日常生活に疑問を持つようになるわけですが・・・。


この作品の中で描かれる街の人々はただ管理されるだけの立場に甘んじ、考えることもやめた愚民と化しているという恐ろしい時代ですね。
別に究極の管理社会となった未来を描いたわけではないそうですが*1、およそ書物をはじめ、娯楽文化が人々の生活の中に生まれてからそれを規制・破壊しようという動きは歴史上絶え間なくありました。最近では漫画・ゲームがよく標的になっていますね。
もし「好ましくない」娯楽の排除という流れが大きくなったとして、それに抵抗せず自ら愉しみを考え探し出すことに飽きてしまったら・・・。こんな世界が待っているかもと思うとホラーな内容でもありますね。


やがて本を隠し持ったことが発覚したモンターグは当局の追及を辛くもかわし、街を出て出会った老人たちのグループと行動を共にします。
彼らの使命は知識の蓄積とそれを次世代に伝えていくこと。最後は破壊からの文化の再生を暗示させて終わります。
それにしても、突然失踪したクラリス、やたらと書籍に対する知識が豊富な上司。それから戦争中でありながら市民生活にはほとんど影響なく、頻繁に上空を行きかうジェット飛行機の描写だけ。謎が多いわりには説明はなく*2、そこがやや不満ではありました。あくまでもモンターグ視点に限られながらもその展開の巧さゆえにすんなり読めてしまったのですけど。

*1:ブラッドベリ自身は『この作品で描いたのは国家の検閲ではなく、テレビによる文化の破壊』と2007年のインタビューで述べている。

*2:だいたい想像して補完するしかないのだけど