4期・54冊目 『僕たちの戦争』

僕たちの戦争 (双葉文庫)

僕たちの戦争 (双葉文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
“根拠なしポジティブ”の現代のフリーターと、昭和19年の「海の若鷲」にあこがれる軍国青年が時空を超えて入れかわった!それぞれの境遇に順応しつつも、ふたりはなんとか元の時代に戻ろうとするが…。おもしろくてやがて切ない、愛と青春の戦争小説。

人力検索の質問でこの作品を紹介された時は、荻原浩という作家を知らなかったこともあって、正直あまり期待していなかったのですよね。体が別人と入れ替わるという題材自体がありふれていましたし。
ところが、読み始めたら止まらなくて、良い意味で最初の印象を裏切られました。


昭和19年(1944年)と平成16年(2004年)、それぞれの時代に生きていた見た目はそっくりの健太と吾一。違う時代のまったく同じ場所で事故に遭って時代を超えて入れ替わってしまうところから始まる物語。
周囲との時代感覚の違いに翻弄される二人の描写がユニークで、戦中をよく知らない人にも伝わるように巧く書かれていると思います。健太にとってはまったく予備知識の無い軍隊の現場をバイト先の人間関係に例えて理解するあたりとか。
あえて二人の身の回りの狭い範囲だけ、つまり主人公目線に徹してその時代の雰囲気*1を出そうとしたのが良かったのだと思います。
ただし21世紀に馴染み始めた吾一の話しぶりが老人が喋っているようにしか見えないのが気になりました。そりゃ生きていれば79歳でしょうが、実際の彼はまだ19歳なんですよ。健太の父親との会話はまさに祖父と父(笑)まぁそこは取材の限界なのかな。


最初は元の時代に帰ることばかり考えていたのが、周りの人々と打ち解けていく内に月日は過ぎ、戻れないならばこの時代をどう生きていくべきか揺れる心理描写も重要。
健太の恋人・ミナミに惹かれて21世紀と自分の時代の狭間で揺れる吾一に対して、健太の方は十死零生の人間魚雷・回天の部隊へ否応無く配属されてしまい死の恐怖と戦う日々。そんな中、ミナミの祖父や自分の祖父にあたる人物に出会い親しく接することになって、不思議な運命を感じるわけです。


終盤は導かれるように沖縄の海に向かう二人。元の時代に戻れるかどうか最後の賭けに出た吾一と「何かもしなければ時代が変わってしまう」とあえて回天で打って出た健太。その結果がどうなったかははっきり書かれてはいません。読者の想像にお任せって感じです。
個人的には、今までの人生に生きがいを持てなかった健太が、人の死がありふれていた戦争をリアルに経験し、かつ自分たちが生まれてこれた偶然を感じた上で死の淵から生還。新たな生命を育み始めたミナミと再会できたと解釈するのが自然だと思いますね。

*1:昭和19年であれば、粗末な食べ物、服装、古めかしいレコード。それに対して色鮮やかな植物や空の色