4期・11冊目 『ビロードの悪魔』

ビロードの悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫 カ 2-7)

ビロードの悪魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫 カ 2-7)

自らの意思によってタイムスリップする場合、目的は過去をこの目で見てみたいとか、もっと積極的になると歴史に介入して自分の思うがままに変えてみたいということになります。
この物語の主人公・ニコラスは歴史学者で、対象の時代の人物・出来事だけでなく言語や習慣にも精通している。そんな彼が悪魔と契約を交わしてまで17世紀後半のある人物(ニック卿)に乗り移る形*1でタイムスリップした目的は、若くして非業の死を遂げる女性・リディア(ニック卿の妻)を救うため。まぁつまり主人公は歴史上のリディアに恋しちゃったわけで歴史好きここに極まれり、って感じですな。


時は王政復古後のイギリス・チャールズ2世治下。王党派*2と農民党*3の争いが繰り広げられていて、王党派の暴れん坊であるニック卿は刺客に狙われたりして好むと好まざるに関わらず争いに巻き込まれていく。
プライベートでも父親が対立派閥出身であったせいか妻・リディアには冷たく当たり、あろうことか妻の従姉妹であるメグ・ヨークや女中に心奪われてた様子。そういう中でニック卿の中身が入れ替わってしまったので大変。更に冒頭タイムスリップ前に登場した姪がメグ・ヨークの中身と入れ替わっていることが判明して話はややこしくなっていくわけです。
中身がニコラスであるので後世の知識を動員しての政治闘争あり、剣戟あり、ラブロマンスあり、そして妻を狙う毒殺犯を探るミステリありと分厚いながらも飽きがこない内容でした。いくら知識が豊富でも、まったく違う人物に成り代わるわけで、そこは最初の内は家の主人の権威を振りかざしてごまかしても、当然身近な人たちは何かおかしいぞと思うわけですね。そのあたりの人物たちの反応が徐々に出てくるわけですが、結構これが良かったりします。
そして丹念な時代検証の上での描写により臨場感もたっぷりです。ニック卿が風呂や歯磨きなどの20世紀の習慣を取り入れようとして家人が戸惑うあたりが面白い。
ただ時代知識が無い場合は耳慣れない用語に戸惑うので、著者による後書きも並行して読むといいかもしれません。

*1:ただし契約上、怒りに我を忘れると10分だけ元のニック卿の意識に戻ってしまう。これが重要な鍵となってくる

*2:後のトーリー党(保守党)に繋がるのだろうか。

*3:作中ではグリーンリボン党とも記される。こちらも後のホイッグ党自由党)?この辺の知識は付け焼刃なので自信ない