72冊目 『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫)

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 (新潮文庫)

そういえば、毒薬を用いて政敵を次々と葬り去った人物として何か世界史悪人列伝みたいな本の中で読んだ気がしますが、ほとんどチェーザレ・ボルジアについての先入観は無しで読み始めました。かえってそれが良かったのかもしれません。


解説によると色々とスキャンダルにまみれた人物としての評価はあったらしいですが、歴史人物とは書く人の立場によって光と影ほどに変わりますからね。
その点では、塩野七生のこの作品は淡々としていながら、できるだけチェーザレ自身の複雑な立場を理解して書いていこうという姿勢が見られます。


詳しく生涯を追ってみると、これほど栄光と挫折がくっきり分かれる人物は珍しいかもしれません。同時に彼をめぐる人物も、慕う人と憎む人で極端ですし。
己に恃むところの多い、天才肌の人物であることは確かです。
ちなみに「チェーザレ・ボルジアの冷酷」には、『安土往還記』の信長像に合い通じるところを感じましたね。


わずか4年でイタリア半島中部の小領主が群雄割拠していた教会領を回復し、婚姻などの外交策によって大国や北部の公国と同盟を結んで勢威が周りを圧倒していた時期に、父であるローマ法王の死と自身の病気によって、それまで積み上げていたものを失ってしまいます。
権威として頼りであった法王はすでに72歳という高齢なので仕方ない面もありますが、せめてチェーザレ自身の早い回復と、手塩にかけて育てていた徴兵による軍隊が独り立ちできる程度まで成っていたら、イタリア史が変わっていたかもしれないという残念さは感じました。