伊坂幸太郎 『火星に住むつもりかい?』

火星に住むつもりかい? (光文社文庫)

火星に住むつもりかい? (光文社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

住人が相互に監視し、密告する。危険人物とされた人間はギロチンにかけられる―身に覚えがなくとも。交代制の「安全地区」と、そこに配置される「平和警察」。この制度が出来て以降、犯罪件数が減っているというが…。今年安全地区に選ばれた仙台でも、危険人物とされた人間が、ついに刑に処された。こんな暴挙が許されるのか?そのとき!全身黒ずくめで、謎の武器を操る「正義の味方」が、平和警察の前に立ちはだかる!

国内の平和維持のために警察の中に平和警察という組織が作られたという設定。
平和警察はテロを始めとする凶悪犯罪に手を染め治安を乱す危険人物を捕まえるのが役目ですが、その中にはまったくの無実の人物が含まれていました。
平和警察はあの手この手(証拠の残らない拷問や身内を人質にした脅迫)で容疑者を追い詰めていき、最終的に自白させていきます。
平和警察が捕まえた容疑者の中には冤罪はない、というより必ず犯罪者に仕立て上げられてしまうのです。
それだけなく密告を奨励して、証拠がなくても平和警察に捕まった時点で犯罪者確定。
見せしめのために公開処刑まで行われるという完全なディストピア社会として描かれていますね。
ごく普通の生活を営んでいた人がいきなり平和警察に連行されて、まったく身に覚えのない犯罪について自白を強要される。
もちろん、否定はするのですが、平和警察の尋問者は警察の中でも特に弱者をいたぶるのを好むサディストが選ばれていて、あらゆる手段で容疑者を苦しめていきます。
そんな中で一般人が耐えられるわけがなく、結局は罪もない無辜の市民が処刑される。
まるで歴史上に存在した秘密警察のようで、読んでいて愉快なものじゃありません。
不思議なことに平和警察以外はごく普通の日本であり、恐怖政治に支配された国というわけじゃないんですよね。
公開処刑の時も反対するのでもなく、むしろ娯楽として楽しんでいるあたりが異常に思えます。*1
ただそれって、インターネット上で容疑者(犯罪者として確定さえしていない)を特定して必要以上に攻撃する現象に通じるような気がしました。
そんな状況において、平和警察が容疑者を連行しようとした際に邪魔をする者が現れます。
バイクに乗ったヘルメットにツナギを着た男性らしき者は平和警察の建物内にまで侵入して、拷問途中だった被疑者を救い出してしまうのです。
ツナギ男はいったい何者なのか?
彼が現れると、相手は身体のバランスを崩してまともに戦えなくなってしまうのはどういうわけなのか?
途中から平和警察とツナギ男の両方の視点から描かれていきます。
ここでテーマとなっているのは正義の実践でしょうか。
テレビなどに登場する正義のヒーローは悪の組織とか宇宙からの侵略者から地球を守るためといった明快な目的がありました。
しかし、現実に正義を実践するのは難しいです。
弱者を救うにしろ、どこまで救えばいいのか?
全員を救いきれずに誰かを見捨てることになってしまったら?
正義を行ったことで自分自身が犠牲となって家族が悲しむことになったら?
そんな中でツナギ男が定めた救うルールが独特だけど、わかりやすい理由でしたね。
最後もどんでん返しというほどじゃないけど、意外な人物による意外な面が見せつつ、うまくまとまっていて面白かったです。

*1:かつては公開処刑が庶民の楽しみであった時代もあったらしい