9期・64〜65冊目 『反逆(上・下)』

反逆(上) (講談社文庫)

反逆(上) (講談社文庫)

反逆(下) (講談社文庫)

反逆(下) (講談社文庫)

出版社/著者からの内容紹介
1度でもいい。上さまの……あの顔に……怯えの影を見たい――己れの力に寸分の疑いをもたぬ信長の自信、神をも畏れぬ信長への憎しみ、恐れ、コンプレックス、嫉妬、そして強い執着……村重、光秀、秀吉の心に揺らめく反逆の光を、克明に追う。強き者に翻弄される弱き者たちの論理と心理を描ききった歴史大作。

足利義昭を奉じて畿内に進出した織田信長ですが、常に四方に敵を抱えている状態(いわゆる第一次、第二次信長包囲網)。
三方が原の戦い後、最大の強敵・武田信玄が没して窮地を脱するも、大坂を中心とした本願寺一向一揆勢は根強く、それを支援する中国地方の毛利を新たに敵に回すことになった頃、摂津で勢力を伸ばしていた荒木村重は信長の養女・だしを正室に迎えて*1信長の傘下に入ります。
畿内における本願寺との戦いなどで功をたてて確実に成果をあげていた村重ですが、天正6年(1578年)に突然反乱を起こし、城に立て篭もってしまうのです。


前半はその荒木村重を主人公として籠城と逃亡にいたる経緯を、そして後半は明智光秀による本能寺の変にいたるまで。最後はその光秀を倒した秀吉が後継者争いで柴田勝家に勝利して天下統一への道を歩んでゆく様を描いて締めくくります。
天下人たらんと欲した時代の寵児にして、敵対者を次々に葬り去って覇権を打ち立て遂に自身を神と称し始めた織田信長
信長のもとで有力武将として仕え、そのカリスマ性に魅了され畏れながらも、反逆を起こすに至った荒木村重明智光秀を中心に各人物たちの心理を絶妙に描いているのが特徴です。


荒木村重という人物はその前半生をよく知らなかったこともあって、妙なタイミングで信長に背いたことへの疑念、しかも潔く戦って滅んだのではなく、妻や家臣を残して逃亡し生きながらえたことが良いイメージではありませんでした。まぁそこは後世視点が入っていたのは否めません。
元は摂津池田氏の家老でありながら下剋上によって摂津国内を把握した手腕を信長や秀吉に認められたとしているのですが、戦に関しては有能であっても人としては優しさを持っていたことは作中でも随所に見られました(幼い後妻を思いやったり、敵である顕如の人柄を称えたり、人質に対する配慮など)。
それは人間としては美点でも、戦国時代においては非情に徹しきれないことが時に短所でもあるわけで、結果として曖昧な身の処し方という形になって現れてしまったのかと感じました。


そして光秀と秀吉の心理描写について。
光秀はわりと素直に信長に対する敬意と忠誠と持っていましたが、秀吉との競争の中での焦りや嫉妬が芽生え、佐久間信盛の追放に見られるように将来への不安、徐々に神の如き信長に対して屈折した心情を抱くようになるまでが手に取るように描かれていましたね。
本能寺襲撃も周到な計画ではなく、ぎりぎりまで迷った末の行動であったという。*2
それに比べて秀吉は早くから信長への叛意というか、天下取りへの野望を抱いていたとされていたのが意外ですが、そこは巧妙に真意を隠しながら信長の忠実なる将を演じたのは類まれな才能であってこそで、不自然ではありませんでした。
そして戦国では脇役になりがちな女性の存在も光っていましたね。
荒木村重の後妻となり、村重逃亡後も夫を恨まず見事な最後を見せただし。
そして村重嫡男・村次と結婚した明智光秀次女・さと(倫子)。
いわゆる政略結婚の類でしたが、夫婦の仲は仲睦まじかったとされ、村重叛乱のために離別し明智秀満のもとへ再嫁しても村次を想っていたという。
どちらも戦いの中で翻弄され若くして閉じた人生に哀愁を感じますが、ただ言いなりになるだけではなく、ここぞという時に見せた毅然とした態度に芯の強さを感じられました。
戦国時代に生きた男女、それも敗れて死にゆく者たちの姿が非常に印象に残る作品でした。

*1:前の正室とは死別。新たに妻となっただしとは実に20以上の歳の差であった

*2:作中ではかつて信長に滅ぼされた波多野氏の残党がアシストしている