壬生一郎 『信長の庶子五 理の頂上決戦』

織田信長の幻の“長男"にして、母のもたらす奇妙な知識によって
幼い頃からその名を轟かせてきた帯刀。
織田家と大阪本願寺との直接対決が迫る中、帯刀は、
宗教勢力を相手に、その是非を論じる公開討論に挑む。
戦国という時代にありえないはずの“死者なき戦"その行方は 弟で嫡男の勘九郎が抱く、ひそかな悩みとは…。
そして伊賀に帰った帯刀を待っていたのは、〈信長暗殺〉の報せ!?
あの謎めいた軍師の秘密も大幅加筆&書きおろしは、宗教討論直後の帯刀たちのエピソード!

五巻では帯刀が関わる大きなイベントが二つ。
前半が主な宗派を集めた宗教討論。
寺社勢力が武装して大名さえ圧倒していた時代に武力ではなく、討論で争わせようという試み。京で行われるこの討論は娯楽が少ない時代ゆえに大いに関心を集めて、公方や天皇まで臨むという大掛かりな催しとなりました。
天台宗延暦寺
禅宗からは臨済宗
神道
キリスト教からイエズス会
浄土真宗本願寺
そして、織田家代表として帯刀こと、村井重勝(旧名・織田信正)。
宗教討論といっても、他の宗派を味方につけた織田家本願寺との武力なき戦いでした。
対決相手が本願寺でも強硬派の教如なのですが、作中では大坂にお忍びで潜り込んだ帯刀とは面識がある相手。
ですが、互いに家門の代表として出てきた以上は手を抜くわけにはいかない。
かくして、舌戦の火ぶたが切られたわけです。

戦国時代、特に信長が関わった以上は本願寺を始めとする宗教勢力との対決は避けられないもの。
正直、web上で読んだ時、よくぞここまで踏み込んで、まとめたものだと思いました。
なにせ、宗教は一般読者には難解でエンタメとして不向きな割には中途半端な描写では冷めてしまう。扱いが難しいテーマでしたから。

結果的に白黒がつくというより、織田家が目指す天下一統、宗教勢力には武力を用いさせないが布教自体は自由とする方針を本願寺が受け入れようとなりました。
史実では信長から家康の代までかけて成し遂げたのを帯刀の弁舌によって道筋をつけたのは大きいと思います。
いろいろと課題は残りますが、織田家本願寺との間で本格的に和睦が結ばれようとしたところで、面白く思わない勢力が事を起こします。
すなわち信長狙撃*1が起きて、生死不明の状態となります。
そこで一斉に三好、高野山粉河寺、熊野三山雑賀衆根来衆、北畠や六角などの残党(かつて追放された林父子まで含む)といった反織田勢力が一斉蜂起。
たちまち畿内は西部と南部が失陥。*2幸いなことに本願寺は強硬派だけが出て行って、顕如は中立を宣言しました。
大和が落ちた後、帯刀が領する伊賀は最前線となり、2千程度に対して1万を超える軍勢が押し寄せることに。
緒戦で鮮やかな勝利を収めましたが、集結した敵によって本拠地丸山城の攻防戦が始まったのでした。

実をいうと帯刀は戦よりも内政の人で、伊賀においても住民慰撫や街道整備、特産品にも力を入れて、荒れた国内を富まそうとしているんですよね。
本格的な戦は少なくて、宇佐山および金ヶ崎の退却戦くらいですが、どっちも劣勢な中で良く戦っているので、諸将の評価は高いのです。
それと前田慶次郎や古田佐介(重然)を始め、大宮景連や前田利久松下嘉兵衛(之綱)、伊賀においては百地丹波と一癖も二癖もあって有能な武将たちの人望を集めて兵も意気盛ん。
とはいえ、相手の兵力は膨らむ一方で、帯刀の元には肝心の情報が入ってこなくて、長らく苦しい籠城戦が続くのでした。
本願寺が中立となったため、史実の信長包囲網と比べたら相手は小物の寄せ集めと言えたかもしれません、
しかし、劣る兵力で最前線に立つ者は生きるか死ぬかの瀬戸際なのは確か。
信長が復活するまで約2か月。よくぞ戦いぬいたと思います。ただし、犠牲はあまりにも大きすぎました。
IFとはいえ、戦記ものである以上、親しい人の死は避けられないあたりをちゃんと描いていましたね。

この度の戦で帯刀は伊賀を守り切り、信長の子の中で群を抜く戦功をあげました。
しかしいいことばかりでもなく、後継者として帯刀を推す声があがって織田家中を割る事態が予想されます。
そこで締めとして、今まで馴れ合いもあった兄弟の中で、信重改め信忠が後継者としての自覚を表し、帯刀が臣下の礼を取るという象徴的な場面が描かれたのが良かったです。

*1:史実でもあったように実行者は杉谷善住坊

*2:野田城明智光秀を除いて摂津勢は壊滅、近江は秀吉、伊勢は北部で信孝・信雄が踏ん張っている状態。