9期・50冊目 『岡本綺堂 怪談選集』

岡本綺堂 怪談選集[文庫] (小学館文庫)

岡本綺堂 怪談選集[文庫] (小学館文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
明治初期、商売をたたんで一家で移り住んだ“しもた屋”の離れに、一人の泊り客ができた。離れには、主人が没落士族らしき男から買い受けた木彫りの猿の仮面が掛けられていたが、夜も深まったころ、どこからかうなり声が聞こえてきて…(「猿の眼」より)。怪談の名手・岡本綺堂の短篇十三本を選りすぐった“おそろし噺”傑作集。江戸から明治、大正時代までを舞台にした怪しくて不可思議な噺が、百物語形式で語られていく。ほかに、雪夜の横丁に座る老婆を目にした若侍たちの顛末を描く「妖婆」、新婚の夫がある温泉場から突然行方不明になる「鰻に呪われた男」など。

今月、人力検索で募集したホラー小説の第一弾。
岡本綺堂の名は以前から知ってはいたものの、その著作を読んだのは初めてでした。
収録されているのは以下の通り。
「利根の渡」「猿の眼」「蛇精」「清水の井」「蟹」「一本足の女」「笛塚」「影を踏まれた女」「白髪鬼」「妖婆」「兜」「鰻に呪われた男」「くろん坊」


タイトルを見てそのまま内容が想像つくようになっていますが、見ての通り動物関連が多いです。
「猿の眼」は壁に掛けた古い猿面が夜中に人を惑わす話ですが、願いを三つだけ叶えるという怪奇古典の名作「猿の手」を想起させます。
古物には得体の知らない力が宿るものなのか、手にした人を魅惑し惑わすと伝えられますが、そういう意味では「笛塚」や「兜」にも共通していますね。
時や距離を超えてたびたび持ち主のところへ戻ってくるという点にも得体のしれない怖さを感じます。
「蛇精」は”うわばみ”(古来の大蛇の通称)退治の名人の顛末、「蟹」は出所不明の蟹が実は毒を持っていたばかりか、その出所を探ろうとした人さえ行方不明になるという奇怪な話です。どちらもその正体が気になります。
「利根の渡」と「白髪鬼」、「清水の井」は人の強い念が祟りを起こしたというポピュラーな内容と言えましょうか。そういえば井戸とか沼とか水にまつわる怪異は怖い話が多いですねぇ。
「一本足の女」「妖婆」は人の成りをした妖かしの話と言えましょう。
「妖婆」の方はそれほどではなかったけど、「一本足の女」は篤実な男をも狂わせる魔性の女という設定に加えて刀に付いた血を啜るシーンが強烈でした。
「鰻に呪われた男」は鰻を生で丸のみする妙味に憑りつかれてしまったばかりに何もかも捨てて放浪することになってしまうという、どこか悲しい話です。
「くろん坊」はここでは人と猿のあいのこの猿人・山男のような奇妙な生き物を指します。元来人には害を為さない大人しい性質であったが、戯れに将来娘をやろうと言ってしまったばかりに家族に悲劇を招いてしまったという。*1この中では特に印象深い話でした。


主に大正年間に発表された短編であり、当時の人々の経験談や伝え聞いた話という形を取っているため、時代設定が江戸時代後半から明治時代となっています。
そのせいか、子どもの頃見たアニメ日本昔話の怖い話を思い出させて、どこか懐かしい印象でしたね。
しかも読みやすくすんなり物語の世界に入り込めてしまう。
決してオチがつくわけでも過激な描写もないのですけど、全体的に静かな情景描写がじわじわと来る怖さを感じさせられました。

*1:このように動物や化物の類が人間の女性に惚れ込むという話はよくあるよね。里見八犬伝の序章も確かそうだった