8期・49冊目 『サクラ秘密基地』

サクラ秘密基地

サクラ秘密基地

内容紹介
直木賞受賞作『花まんま』や、涙腺崩壊のキャッチフレーズ『かたみ歌』で、読者の涙を誘った短編の名手・朱川湊人が、家族と写真にまつわるちょっぴり不思議で哀しいお話をお贈りします。二〇一二年秋に、三十九年の長期連載が幕を閉じたミステリ界の巨人・佐野洋氏の連載「推理日記」で、設定の妙を大絶賛された、UFOをでっち上げた同級生の美人の女の子の身の上話「飛行物体ルルー」、とある事故をきっかけにして、優しかった近所のおねえさんの意外な一面を見てしまった少年の淡い慕情の末「コスモス書簡」、ぶっきらぼうで、口より手が先に出る不器用な父と、その父に寄り添うように暮らす聡い男の子、そして同じボロアパートに、とある事情で身を隠すように暮らすことになった私との心の交流を描いた「スズメ鈴松」、ほのかな想いを寄せながら亡くなった同級生の想いが、不思議なカメラに乗り移ってもたらされた写真にまつわる奇妙な出来事「黄昏アルバム」、小学生の男子四人でつくった秘密基地にまつわる哀しい過去を巡る表題作「サクラ秘密基地」など、夕焼けを見るような郷愁と、乾いた心に切ない涙を誘う、短編を六本を収録。

著者の短編集は昭和30〜40年頃を舞台にした、ちょっと不思議な話が多いのだけれど、今回も同様であり、その時代を過ごしたことのある世代にとってはたまらない郷愁を感じさせるものでしょう。*1
中でも今回の短編に登場するのは恵まれない境遇(貧乏・片親など)の中で懸命に生きる子供たち。
もう初っ端の表題作「サクラ秘密基地」からしてガツンとやられました。
学年は違うが仲良しの小学生男子四人が新たに秘密基地にしたのは空地に放置してあった軽トラ。そこには見事な桜の木があったのでサクラ秘密基地と名付け、暇さえあればそこで楽しい日々を送っていた。
そんな中で母子家庭のショースケの様子が徐々におかしくなってゆく。
どうやら母親に男ができて家に来るようになったのだが、とても怖い人らしい。
大好きだった母親が変わってしまい、自分のことをかまわなくなってなったことが悲しかったショースケはあえて家出してしばらく秘密基地で暮らすと宣言するのですが…。
たった二人きりの家族、その唯一の肉親に冷たくされても子は縋りつくしかありません。
(ネタバレですが)幽霊となってまで母をかばおうとしたショースケなのに、為すべきことを何もしなかった母親には憤りしか感じません。
子は親を選べないとも言いますが、どんな親であっても子が親を慕う気持ちは純粋であり、それゆえこの話の結末には何ともいえない哀しさを感じさせられました。*2


その他には、育ちの違うが鍵っ子同士で仲良くなった女の子二人の秘密を描いた「飛行物体ルルー」。
大人になって再会した後のオチにびっくり。
年上のお姉さんに仄かな想いを抱いた小学生の「私」だが、ある夜その変貌ぶりを目のあたりにして、つい幼さゆえに自分のとった言動を後悔してしまう「コスモス書簡」。
あの時、自分がもう少し大人だったら・・・と思ってしまうことってありますね。これも最後が哀しいです。
兄が質屋で買ったカメラにはまれに覚えのない不思議な写真が現像されていたという「黄昏アルバム」。
想いを残したまま世を去った人の情念がこのような形で残るものかと思わされます。
昔は心霊写真ブームとかありましたけど、デジカメ全盛の今と違ってフィルムカメラの写真って確かにそういった人の気持ちがこもりそうな気がしましたね。
霊が見えるようになってからおかしくなってしまった母が、ある日首を吊って死んでしまった。しかしその背中にナイフが刺さっていたことから疑問が心から離れない中年女性の回想「月光シスターズ」。
あまりに辛いことがあると記憶を書き換えることで精神のバランスを保つのでしょうか。不思議なストーリーです。
ある事情で古いアパートに引っ越してきた男の下の部屋には鈴松と呼ばれる乱暴そうな大男と父に似ていない聡明そうな息子が住んでいた「スズメ鈴松」。
それまで大人の醜さが垣間見える短編が続いたのですが、最後に見た目は怖いが実はとても優しい心の持ち主であった鈴松とその子のヒロ坊の心温まるストーリーでホっとしましたね。
いかつい大男に小さなスズメの組み合わせが何だか妙にユーモアを感じさせて、表題作に次いで良かった作品ですね。

*1:私自身はもう少し下の世代だけど

*2:世間で報じられる虐待死の裏にはこういった事情があるのかもしれない