3期・94冊目 『月は無慈悲な夜の女王』

月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 207)

月は無慈悲な夜の女王 (ハヤカワ文庫 SF 207)

これ、多くあるロバート・A・ハインラインの著作の中でもタイトルと表紙の組み合わせがいいですよ。原題では「厳しい女性教師」だったのを「無慈悲な夜の女王」とすることで、古典的かつファンタジックな雰囲気を漂わすところがセンスいいですねぇ。
それでいて内容は、未来において月世界の住民が地球からの独立戦争を戦うというハードな内容。
いわば地球に搾取される植民地・月世界では過酷な環境と偏った男女比のために独自の文化を築いているが、総督にあたる行政府の長官とその取り巻きへの不満が高まっている状況。コンピュータと密接なコミュニケーションを取れる主人公のコンピュータ技師はこのままでは月世界には未来が無いことを悟り、革命の中心的な働きをしていくというあらすじ。
ロシア革命アメリカ独立戦争といった歴史上の出来事をモチーフに取っていながら、そこに宇宙空間で使用されるハイテクをふんだんに使って描くというのがユニークですね。


武力などほとんど無い月市民側としては、インフラを実質的に支配するコンピュータを握っていることが最大の強み。あの手この手で長官と秘密警察の長を悩まし次第に追い詰めていくところはとても愉快な場面です。
また地球への情報操作や敵勢力の分断など戦略的によく考えられた作戦を取っているのが感心させられるところですね。
唯一と言っていい攻撃手段として考え出した超精密な岩石投げ(元は生産された小麦粉を送る装置だった)で地球側は甚大なダメージを受け、その装置を巡って激しい戦いが繰り広げられるのが山場であり、最も惹きつけられる場面です。そして物悲しさを感じさせるラスト。コンピュータでありながら自我意識のあるマイク*1こそが主人公だったと言えるでしょうね。


それでタイトルを褒めておきながら何ですが、内容の翻訳はちとよろしくない部分もありました。状況描写ではさほど気にならないのですけど、複数の人物が出てくる日常的な会話部分などは主語と修飾語の関係が乱れていて、誰が何を言っているのかわからなくなったり。武力衝突にいたるまでの前半部分が長く、ストーリーが寄り道しがちでなかなか先に進まないと感じたものですが、そこはデテールにこだわる著者らしさとしても、もう少し日本語として整えてくれれば読みやすかったのにと思ったものでした。

*1:複数の人格を作り出して革命を盛り上げたりもしたし