我孫子武丸 『狼と兎のゲーム』

内容(「BOOK」データベースより)

2年前に母が失踪して以来、小学5年生の心澄望と弟の甲斐亜は父・茂雄の暴行を受け続けていた。夏休みのある日、庭で穴を掘る茂雄の傍らに甲斐亜の死体が。目撃した心澄望とクラスメートの智樹を、茂雄が追う!死に物狂いで逃げる彼らを襲う数々のアクシデント!!茂雄が警察官であるゆえ、警察も頼れない二人の運命は―。そして待っていたのは、恐怖と驚愕の結末!!

心澄望(こすも)とその弟・甲斐亜(がいあ)の父親は典型的な暴君であり、母子は日常的に家庭で暴力を振るわれていました。
そんな中で母親が失踪して以来、暴力に加えてネグレクトも加わり、着る服や食事さえままならない状態。
そんな家庭環境で育った心澄望は身体が大きい上にカっとなりやすい性格であり、クラスで友人といえば主人公・智樹くらい。
もっとも智樹自身もお金や持ち物を貸しても決して返さない心澄望に対して内心嫌気がさしているものの、強くは言えないのでした。
夏休みに入ったある日、突然智樹の家にやってきた心澄望が言うには、家に食べるものがないので困り果て、金を探しに絶対に入ってはいけない父の部屋に侵入した際、弟が誤ってパソコンを落としてしまったというのです。
父親の逆鱗に触れてしまうのは確かで極度に恐れる心澄望のために仕方なく様子を見に行ったところ、庭でシャベルを振るい穴を掘っている父親の姿とあり得ないほどに折れ曲がった甲斐亜が。
次は自分の番だと恐れる心澄望。それに一緒にいるところを見られてしまった智樹は嫌々ながら一緒に逃避行に出ることになったのでした。


小学生では体格の違いや知っている知識・世界の少なさもあって親の存在は大きいもの。
日常的に虐待を受けていた兄弟はもちろんのこと、一度遊びに行った際に暴力を目撃してしまった智樹にもモンスターぶりが心に刻まれていました
さらに警察に届け出ようにも、父親自身が警察官であり、頼りにはならないと思い込んでしまいます。
かくて一度だけ失踪した母親が寄越したという手紙を頼りに智樹が工面(ほとんどは親の財布から勝手に拝借)したお金で東京へ向かう二人でした。


もともとはミステリーランド向けに考えていたという本作。
小学生を主人公にしてあり、ストーリー自体もさほど捻ってなく、すんなりと読めます。
ただし、主人公視点から伝わってくるのは恐怖と絶望と残酷さの連続であり、とうてい子供向きとは言えません。
しっかりした両親がいて経済的にも恵まれた智樹視点からすると、ガキ大将というより我儘で暴力的で、性に関しては悪い意味でませている心澄望にはうんざりさせられます。
心澄望が日常的に虐待とネグレクトを受けていたという点で智樹と同様に同情すべき点がありますが、それに輪をかけて酷いのが父親ですね。
警察官として持つべき倫理の一欠けらもありません。
世に報道される重犯罪者とはこういう身勝手で腐った心の持ち主なのかと思わされました。
ラストは「驚愕の結末」というのは大げさですが、まぁ納得できる落としどころだったかなと思います。
読み終えて思い返すとご都合的な展開もあったのは確かですが。
父親と関りがあったために巻き込まれてしまった人は気の毒ですが、本当の意味での犠牲者は子供なのだということですね。