7期・37冊目 『草祭』

草祭 (新潮文庫)

草祭 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
団地の奥から用水路をたどると、そこは見たこともない野原だった。「美奥」の町のどこかでは、異界への扉がひっそりと開く―。消えたクラスメイトを探す雄也、衝撃的な過去から逃げる加奈江…異界に触れた人びとの記憶に、奇蹟の物語が刻まれる。圧倒的なファンタジー性で魅了する鬼才、恒川光太郎の最高到達点。

『夜市』、『秋の牢獄』と続けて傑作を読んだにも関わらずなかなか他の作品を読む機会が無かった恒川光太郎だったのですが、ふと適当に探していて見つけた本作を読んでみました。
美奥という架空の町を舞台にして綴られるのちょっと怖くて不思議な短編集です。
一話完結型となっているのですが、各章ごとに登場する人物はリンクしています。
「けものはら」では化物が棲む野原を偶然見つけた少年二人。その一人がけものはらに取り憑かれてしまい徐々に人でなくなっていく。主人公は友をなんとか連れ戻そうとするもすでに手遅れで日常的な会話をするだけ。その中に出てきた同じクラスの女子が数年後に「屋根猩々」では主人公となっているのだけど、高校でイジメというか嫌がらせに遭っているが、ある不思議な少年に出会ってとんでもないことに。
少年視点と少女視点の日常が微妙に違っていて面白い。それぞれ人ではないモノに変わってしまうのが一見残酷だけどそれを自然に受け入れるという流れを感じさせます。
何か事情ありげな少女がクトキ(苦解き)に招かれた「天化の宿」では並行して少女の家庭的な問題や過去の苦い経験が展開していくのだけど、背負った苦が明らかにされないまま逃げ出してしまってあっけなく終わってしまったのが残念。
ちなみに天化の宿の双子とその親父さんがラストの「朝の朧町」にもちらりと登場。
「朝の朧町」は不思議なガラス玉の中に、思うがままに町を作り上げたという話。ただし住人の負の記憶までもが再現されてしまうのが嫌ですね。
「くさのゆめものがたり」だけは時代設定が数百年くらい前になっていて、天狗の子と呼ばれる山暮らしの少年が唯一の家族を失って僧侶と共に里に降りて暮らすという話。
そこで起こった悲劇が美奥の町の原点へと繋がり、他の章でも登場する秘薬クサナギ*1がなぜ創られたかが明かされます。
短いながらもストーリー展開が秀逸で、収録作品の中で一番味わい深く読めました。


日本古来の民話風という点で解説に『遠野物語』が引き合いに出されているけれど、確かにどことなく懐かしい昭和の頃の山あいの町といったイメージが湧きます。古びた屋敷の並ぶ一角や森の奥には妖怪が棲んでいそうな。
語り口の良さもあって、その雰囲気につい引き込まれるのですが、突然切りつけられるような残酷さも垣間見える。先の予想がつきにくい独特の味わいを持つ作家ですねぇ。

*1:ネタばれすると、死者を別の生き物に転生させる