6期・81冊目 『ある日どこかで』

ある日どこかで (創元推理文庫)

ある日どこかで (創元推理文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
脳腫瘍であと半年足らずの命と診断された脚本家リチャードは、旅の途中、サンディエゴのホテル・デル・コロナードでひとりの女性を目にする。女優エリーズ・マッケナ。1896年の色あせたポートレイトからほほえみかける彼女に会おうと、彼は時間旅行を試みるが…時を隔てた恋の行方は?映画化され熱狂的な人気を博する傑作ファンタジイ。世界幻想文学大賞受賞作。

熱狂的なファンを持つ映画の原作であり、日本でも公開されただけでなく宝塚でも舞台となった作品。そのわりには翻訳されたのは結構最近だとか。
私は映画の方は未見ですが、別の本の解説でいわゆるタイムスリップものの純愛ストーリーと知って読んでみた次第です。


若くして難病を患い死期が迫った主人公(リチャード・コリア)は全てを投げ出し、気ままな旅に発つのですが、気まぐれに入ったホテルの歴史資料館で見た19世紀末〜20世紀初期の人気女優エリーズ・マッケナのポートレイトに心を奪われてしまう。*1
それまで真剣な恋愛などとは無縁に生きてきたリチャードは、彼女のことが頭から離れなくなってしまい、写真や記事を漁っただけでは物足りなくなってしまいます。
とは言っても両者の間には何十年もの時間という超えられない壁があるわけで。
普通ならば諦めるところを何とかできないかと足掻いてしまうのは余命が限られている立場だからでしょうか。


エリーズ・マッケナについて調べていくうちに75年前に同じホテルに滞在していたことを知り、なんとか時空を超えて逢う方法はないかと模索します。
なぜならホテルの倉庫より宿泊者名簿に自身のサインを発見したことで、1971年のリチャードが1896年にいくことは歴史に組み込まれていると確信に変わるのです。
そこで当時の衣装から貨幣から持ち物を揃え、後は自己催眠によって1896年に行くことにする主人公。何度も試行錯誤していく内に本当にタイムスリップしてしまうのだからすごい。


よくよく考えてみたらいくら過去に行けたとしても、時代感覚も違う面識無い相手にそうそううまくいくわけもないもの。
それがエリーズの方も新たな出会いがあることを占いなどで知らされていて、その奇跡的な出来事を受け入れてしまうことからこの二人の物語は始まっていくのですね。

やがて予想もしなかった言葉を彼女が不意に言ったので、その声に唖然とさせられた。
「あなたなの?」とエリーズが訊いたのだ。
彼女が僕にかけてくれる最初の言葉をすべて予想したリストを作っていたとしても、その言葉はもっとも可能性が低いと末尾に追いやられていただろう。
(中略)
「そうです。エリーズ」無意識のうちに自分の口が答えていた。

物語中でエリーズも演じたという「ロミオとジュリエット」ほどではありませんが、二人の前には様々な障害がたちはだかる。その最たるのがエリーズのマネージャー。
あらゆる手段をもって主人公を排除しようとしますが、そのたびにエリーズの機転によって阻まれる。
まぁ障害があればあるほどといいますか、偶然の出会いに刺激を受けて今まで女優一筋だった彼女自身も恋を知って変わっていったということがわかります。
奇跡が結びつけた二人の恋はたちまちの内に燃え上がるのですが、結末はたいそう切ないです。それでも残されたわずかな余命の中で願いを遂げることのできたリチャードは幸せだったのでしょう。


最後にちょっと辛口な感想を申しますと、主人公による手記という体裁となっているため、同じ男性*2としては感情移入しやすい半面、エリーズに出会うまでが長くて非常にまどろっこしく感じました。
その出会ってからの描写もただリチャードが戸惑い振り回されつつもうまくいってしまうというご都合主義、タイムスリップによるヒネリも無く、さほどもてはやされるほどの内容では無いなと感じたのですが。

*1:著者の経験に基づいており、モデルとなったのは実在の女優モード・アダムズ

*2:特に手の届きそうにない相手に夢中になった経験のある人とか