5期・9冊目 『椿山課長の七日間』

椿山課長の七日間 (朝日文庫)

椿山課長の七日間 (朝日文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
働き盛りの46歳で突然死した椿山和昭は、家族に別れを告げるために、美女の肉体を借りて七日間だけ“現世”に舞い戻った!親子の絆、捧げ尽くす無償の愛、人と人との縁など、「死後の世界」を涙と笑いで描いて、朝日新聞夕刊連載中から大反響を呼んだ感動巨編、待望の文庫化。

人は死ぬと生前の行いによって閻魔大王が極楽か地獄かの沙汰を下すのが昔話のパターンなわけですが、今ではまるで免許更新センターのようなイメージのお役所に生まれ変わっているそうな。そこでは罪を犯した人でも一定の講習を受けて「反省」ボタンを押せばめでたく極楽往生できるという手軽さ。
デパートマンとしての進退を賭けたバーゲンセールの初日に過労で倒れた椿山和昭(46歳)は、残した仕事と家族が気がかりでおいそれと往生することができない。まだその年で買ったばかりの家のローンに小学生の子供の将来も気がかりとわかる気がします。しかもあまり女性に縁が無い人生だったのに、課された講習が「邪淫の罪」*1とくれば納得がいかないというもの。
そこで特別に七日間*2の間だけ、なんと美女の姿に生まれ変わって現世に戻ることになった主人公。正体をバラしてはいけない等約束事を守りつつ果たして為すべきことができるのか。しかも慣れない女性の体と感情に惑わされるつつ。
死という誰もがいずれは迎えなければならない人生の終わりを、この世の続きのような役所のイメージと、主人公の戸惑いをユーモアを交えて巧妙に表現していて、たちまちの内に作品世界に没頭させちゃうところがさすがです。
死者の多くは高齢者であるため、すんなり極楽に行くか講習を受けて「反省」していく。だけどやり残したことのあってどうしても現世に戻りたい3人(椿山課長の他、人違いで射殺されたテキヤの親分・武田勇、交通事故で死んだ少年・根岸雄太)を中心にして話が展開されます。


死んでから日が経ってしまっているために実質残されているのは3日間しかなく、しかも家族や親しい人に対して正体を言えない辛さを抱えながら、自分の人生について調べていく難しさが伝わってきますね。救いは現金から生活用品まで必要なものは何でも入っている「よみがえりキット」を持たされていることと、特殊な電話で担当者*3からのアドバイスがもらえることくらいでしょうか。
第3者として聞いてみると、生前知らなかったことばかり出てくるのがショックではあります。特に椿山課長の場合は、仕事に夢中で家族の抱えていた問題や長く付き合っていた女性の気持ちを何一つ知らずにいたことを知らされるのは辛い。でも、そのあたりを決して突き放さずに暖かく見守るように描くのが著者らしいとも言えますね。


並行した3人の中では、一番難しかったのが実の親を探し出して生んでくれた礼を言いたい根岸雄太。女の子として戻ってきた彼は、手がかりも無く途方に暮れた中で運良く登場人物の中で一番の適任者に巡りあえて、めでたく対面の運びとなるわけです。ただしそこに至るにはタブーを一つ破らねばならなかったのですが、その葛藤も含めて一番泣かせる場面です。
そして、どんな人間であろうと親子の絆を感じさせてくれるラストへと導きます。
笑いあり涙ありのテンポ良いストーリー運びなのですが、あえて気になったのは展開のご都合主義と書きようによっては重くなるテーマなのに妙に軽い内容でしょうか。
それこそトントン拍子で進むホームドラマっぽさを感じたのですが、実は2006年に映画化、そして去年ドラマ化されていたそうで。*4読んでいて、良い意味で映像化しやすい作品だなぁとは思っていました。

*1:実は不健全な行為云々ではなくて、愛してくれた人をどれだけ傷つけたという罪らしい

*2:仏教でいう初七日にちなむらしい

*3:この担当者・マヤのキャラクターが結構面白かったりする

*4:ドラマはあまり見ないので、読み終わってからそんなドラマがあったことを思い出した