3期・8冊目 『灰色の北壁』

灰色の北壁 (講談社文庫)

灰色の北壁 (講談社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
世界のクライマーから「ホワイト・タワー」と呼ばれ、恐れられた山がある。死と背中合わせのその北壁を、たった一人で制覇した天才クライマー。その業績に疑問を投じる一編のノンフィクションに封印された真実とは…。表題作ほか全3編。山岳ミステリー集。

生粋の山岳小説としては読書経験が足りない私には評価しづらいのですけど、山をテーマとしたミステリーとして、また山を巡る人間ドラマとして読むものを引き込ませる優れた短編集だと思います。

  • 山岳救助という過酷な仕事に取り組む男の心意気が連綿と伝わっていく「黒部の羆」。
  • その困難さで誰も成し遂げられなかった垂直壁への単独初登頂を果たした日本人クライマー。その証拠写真に生じた疑惑を描いた表題作。
  • 息子を山で失った父が、俄仕立てのトレーニングを経てその死の現場へ赴く「雪の慰霊碑」。

誰が遭難して救助されたか、誰が登頂に成功したのか、という点で1,2作目は面白い構成だったなぁと思ったのですが、3番目だけはちょっと人物の感情の交差がわかりにくかったですね。


3作とも冬山が舞台となっているだけに、どれもちょっとの油断が命取りとなる過酷な現場があることは確かなのですが、2番目の「灰色の北壁」は特に常人の想像を絶する環境の厳しさであることが読んでいてひしひしと感じます。標高5000〜8000mのヒマラヤでは零下30〜40℃、酸素は通常の半分以下の薄さ。さらに突風や雪崩・落石(氷)という自然の脅威とも戦いながら、東京タワーの十倍近い高さの雪壁を自分の力だけでよじ上っていく。
そこをあえて登山経験は無いけれど山岳小説家として名の売れた人物が主人公となり、疑惑を探っていく過程が面白い。山では超人的な能力を発揮するクライマーも人間としての感情に囚われることは避けられない。だけどラストに向けて謎が明かされる過程でクライマー同士の敬意や家族の絆が描かれ感動的な物語に仕上がっています。