28冊目『冬の鷹』

冬の鷹 (新潮文庫)
作者: 吉村昭,
メーカー/出版社: 新潮社
発売日: 1976/01

『解体新書』の筆者と言えばまず浮かぶのが杉田玄白前野良沢?うーんそういえば共同執筆者として名があったような・・・。
情けないけど、その程度の認識でした。


本作品は、どちらかというとその前野良沢にスポットを当てた内容です。
唯一開かれた西洋の国としてオランダの言語は、通詞(通訳)はいたけれど、体系的な学問には(制度的に)されず、辞書さえない時代。
そんな中でオランダ語をモノにしようということで学び始めた前野良沢の苦労は想像に絶します。しかも齢47という学問を志すには遅いどころか、寿命的に先がわからない時代の話です。


ターヘル・アナトミア』と出会った頃にはようやく数百の単語を身につける程度に上達していたわけですが、英語で言えば中学2,3年レベルでしょうか。
実際のところ、そんなレベルの前野を中心に専門の辞書も無しに医学書を翻訳しようとするわけですから、冷静に考えれば無謀かもしれませんが、同志である杉田玄白らと日本の医学向上の為、熱い志を持って取り組む様は感動的でもあります。


オランダ語をある程度習得していたが、人付き合いが悪く孤独が好きな前野良沢に比べ、杉田玄白は語学の才能は無いが気配りがきき、難関に立ち向かう同志を盛り上げます。
作品を通して二人の性格・人生が対比されて物語れていきますが、作者の記述はどちらかというと名声欲に執着しがちな杉田に冷たく、研究者としての孤高を貫き清貧に甘んじる前野に同情的です。
後世の視点からしても、前野の人生は美しく見え、杉田は世俗的にすぎるきらいがありますが、蘭学への貢献度から言ったら塾で多くの門下生を育て上げ、将軍お目見えまで名を高めた功績は抜群です。
別にどちらの人生が良い悪いってわけではないですが、二人は極端に近いほどの離れた道を歩いただけで、それぞれの人生を全うしたわけです。


内容的には感銘を受けること多かった作品ですが、『解体新書』刊行あたりまでの展開の面白さに比べ、晩年を描いた後半はやや単調すぎた印象を受けました。