有川浩 『レインツリーの国』

レインツリーの国 (新潮文庫)

レインツリーの国 (新潮文庫)

  • 作者:浩, 有川
  • 発売日: 2009/06/27
  • メディア: 文庫

内容(「BOOK」データベースより)

きっかけは「忘れられない本」。そこから始まったメールの交換。共通の趣味を持つ二人が接近するのに、それほど時間はかからなかった。まして、ネット内時間は流れが速い。僕は、あっという間に、どうしても彼女に会いたいと思うようになっていた。だが、彼女はどうしても会えないと言う。かたくなに会うのを拒む彼女には、そう主張せざるを得ない、ある理由があった―。

元は著者の代表作ともいえる『図書館戦争』シリーズの2作目『図書館内乱』の一エピソードにおける架空の小説として登場。その後に書き下ろしされたのが本作となります。
主人公・伸介が中学生時代に夢中になって読んでいたが、衝撃のラストを迎えたことにより、トラウマになるほど強烈な印象を受けて、大人になっても忘れられなかった『フェアリーゲーム』。
ふと、インターネットで検索して偶々見つけた読書感想ブログの文章に感じ入って、思わず管理者に熱のこもったメールを送ってしまいます。
送信した後に気持ち悪がられたかと後悔したものの、丁寧な返信が来て、管理人の”ひとみ”からも喜んでいたことを知ります。
そして始まったメールのやりとり。
お互いに『フェアリーゲーム』を読んでいた頃に舞い戻ったかのように物語の解釈やそれぞれの想いを打ち明けます。
たとえ好きな本は同じでも、感じ方は男女の違いを感じられて、それが新鮮であったり。
メールで書ける範囲でやりとりする日々が続くうちに伸介の中でどうしてもひとみと直接話をしたい思いが強まっていき、会いたいと申し出たのですが、その途端にひとみからの返事が来なくなってしまいます。
相手は若い女性ゆえに切られてしまったかと焦った伸介ですが、ひとみは散々迷っていたようで、なんとか会うことを了承してくれたのでして。
そして、本屋で待ち合わせすることにしたのですが…。


単行本が出版されたのが2006年なので、まだSNSが主流になる前。
個人ブログやメールがコミュニケーションの主流であった時代ということで、ちょっとばかり懐かしい感じがしました。
今思えば、作中にあったような長文でのメールのやりとりは人を選びますよね。
綴られた文面に特徴があって、人によって好き嫌いを感じるかもしれません。
ですが、読書が趣味の人はリアルで同じような嗜好の人とはなかなか出会えないもの。
それだけ、二人のフィーリングが合ったことが感じ取れました。

ただ、本当の意味で二人がわかりあうには、ひとみが持っていた障害、つまり難聴による生きづらさを克服していく必要がありました。
伸介とすると、実際にひとみと会ってみて、メールから感じたひとみの人柄とは程遠い印象に苛立ちを感じてしまいます。
結局、補聴器を付けていても、すべての音を拾い切れていないためであり、伸介の気分を害してしまったことを悟ったひとみからすると、やっぱり会わない方が良かったとなってしまいます。
感じるのは健常者が障害の持つ悩みを理解することの難しさがよく伝わってきます。
難聴といっても人によっていろいろあり、若いひとみでさえ、それまで生きてきて人間関係で苦労は耐えなかったことがわかります。
足などのように他人が一見してわからないだけに根が深いです。
ひとみが自分でもよくわかっている、面倒くさい性格も生い立ちを知れば理解できなくもないわけで。
しかし、メールのやりとりを通して、言葉を大切にしてきたひとみに惚れた伸介の熱い想いが頑なな心を溶かしていく様が良かったです。