安部竜太郎 『薩摩燃ゆ』

薩摩燃ゆ〔小学館文庫〕

薩摩燃ゆ〔小学館文庫〕

内容紹介

長年続いた政権体制がマンネリ化し社会不安も増大していた江戸後期、後に明治維新の中心となる薩摩藩では破綻寸前の財政を改革すべく、調所笑左右衛門広郷が悪戦苦闘していた。53歳という、現在でいえば定年間近の官僚が、出世や保身ではなく、文字通り命を賭けて「国」を立て直すため御法度にも手を染め、その責を負って悲劇的な最期を遂げる。彼の働きがあってこそ、薩摩藩は維新のリーダーとなることができたのである。

江戸幕府の財政が一気に傾いたのが11代家斉の頃だと思うのですが、借金に苦しんでいたのは幕末に外様の雄に数えられる薩摩藩も同じで、当時500万両という途方もない借金を抱えていました。
これがどれほど大きいかというと、年収12万から14万のところに年利息が80万かかっているわけで、とっくに破産しても仕方ない状態です。
冒頭からどの商人にも相手をされずに途方に暮れる調所笑左右衛門広郷の姿が哀愁を帯びていますね。
前藩主・島津重豪より、藩財政を赤字から黒字に転換することを指示された広郷。
無茶ぶりともいえる使命ですが、茶坊主から引き立ててくれた恩義、それに薩摩人特有の固い忠孝の志によって奔走する様が描かれます。
商品作物の開発、奄美諸島の黒砂糖を砂糖問屋を排除して専売制とする。
このあたりはまだしも、琉球を通じた清との密貿易に幕府の改鋳と同じタイミングで贋金作り。明るみに出れば首が飛ぶ事業にも手を染めていきます。
無知な島民からは徹底的に搾り取り、秘密を守るためには平気で人を始末する。
読んでいて辛いのは、それらは自身の懐を肥やすのではなく、藩への忠義の結果として励んでいるところ。
藩主・斉興の命によって藩内の一向一揆を弾圧*1するのですが、彼自身の妻を始めとして信者の数は多いため、地元において批判の声が高まり、かなり立場が悪くなってしまいます。
さらに広郷自身は重豪が目をかけていた斉彬を支持するも、現藩主・斉興のために金策に奔走せざるを得ない状況。なおかつ斉興の指示によって子を二人変死させられていた可能性さえあったとしています。*2
史実的にお家騒動で斉彬ではなく久光派と目されていたようですが、彼の内心はどうであったのか。
小説の中ではさして図太い神経を持ってなく、斉興を恨みつつ、年を取るごとに思うように動かなくなる身体に鞭打ち、藩命(亡き重豪の遺命)のために粉骨砕身する老武士といった印象を持ちました。

後世から見れば、薩摩藩がずば抜けた経済力・軍事力を持ちえたのは広郷の改革があってからこそ。
しかし、後に斉彬派の西郷隆盛大久保利通明治維新の立て役者となり、主君筋の久光を批判できない代わりに広郷が一人悪評を被ったようです。
戦後になってからようやく再評価されるようになったのですが、彼の子孫はたいそう苦労したのだろうなと思わされました。

*1:寺に納められる金を奪う目的もあった。

*2:定説の通りに彼が斉興・久光派であるのならば、斉興が黒幕ではなく、斉彬派の若手藩士が暴走した仕業の方が自然に思える。