壬生一郎 『信長の庶子3』

信長の庶子 三 織田家の逆襲 (ヒストリアノベルズ)

信長の庶子 三 織田家の逆襲 (ヒストリアノベルズ)

内容(「BOOK」データベースより)

織田信正、通称帯刀。織田信長庶子とされ、ごくわずかな史料にのみ名を残す彼は、一般的にはその存在を認められていない、“幻の長男”である。帯刀は、その知力と、母から与えられる謎の知識で、織田家の勢力拡大を後押しし、信長の上洛を“一年早めた”。そして朝倉家、仏教勢力との戦端が相次いで開かれる。彼は織田家に待ち受ける運命を変えられるのか―?

1,2巻同時発売後、すぐに3巻も刊行されるはずだったのですが延期となり、心配していましたが無事発売されてなによりでした。
3巻のメインは本願寺が中心となり、朝倉・浅井*1・三好・筒井、それに延暦寺や六角残党その他諸々が各地で兵を挙げた第一次信長包囲網です。
史実よりも多少は時が早まっても、信長を取り巻く情勢はどんどん悪化して、特に喉元に刺さった骨のごときが伊勢長島のデルタ地帯を占拠した一向一揆勢。
信正は九鬼と佐治の両水軍を指揮して一揆の支援をしている者たちを探り、ついでに海上の補給線を潰す役目を担います。
彼が見るところ、伊勢長島の一向一揆は一度の戦いで済むものではなく、次の戦いを睨んでいました。
実際に織田勢は一揆勢の逆襲を受けて名のある武将や一門(信興)から犠牲者を出してしまいます。
続いて近江を南下する朝倉・浅井の連合軍によって京への連絡が閉ざされるのを防ぐため、京にほど近い宇佐山に城を築いた森可成の援護に信正が向かいます。
基本的に信長の援軍が来るまでもてばいいと兵4000ほどで立てこもった織田軍。
朝倉・浅井に延暦寺の僧兵まで合流して1万5千の大軍に膨れ上がり、大挙して攻め寄せて来るのを野戦で迎え撃ちます。
始めは善戦するも、やがては数の差で押し込まれていき、城に退却。
結果的にに信正は家臣の松下長則、それに叔父の信治を喪います。
城主である森可成は命こそ拾ったものの、足を失う重傷を負いました。*2
自ら戦うことはなかった初陣と比べると、自身も敵と打ち合うほどの宇佐山の戦いはかなりの激戦であり、一歩間違えたら討ち死にの可能性さえありました。
一連の戦いで叔父を立て続けに失い、信治に関しては介錯を務めたこともあって、彼の仏教嫌いに拍車をかける影響を与えたとも言えましょう。
結果的に救援が間に合いましたが、窮地に陥った信長は和議を受け入れます。
しかしそれはあくまでも一時しのぎのためであり、次の戦いに備えるため。
すぐに織田勢は堅田の町に火を放ち、遊興に耽っていた僧侶たちを比叡山に追い立てます。
もはや和議も降伏も認めるつもりはない信長、それに将軍・義昭も合流しての比叡山焼き討ちでした。
後世とやかく言われる事件ですが、完全に敵対した比叡山は一大軍事拠点として潰さねば禍根が残るわけで。
織田家でも筆頭の仏教嫌いとなった信正は先陣を申し出ることに。
とはいえ、主だった道は幕府の軍勢が封鎖したために信正は与力した池田信興らと共に逃げ道となるであろう北の斜面に陣取ることに。
やがて火があがり、逃げてきた坊主どもを容赦なく切って捨てていきます。
そこで多数の女性を含む集団がやってきますが、女人禁制のはずの比叡山に女人がいるはずがないと切りかかろうとする信正の前に立ち塞がったのは一人の僧侶。
彼はそれまでの坊主たちとは違い、自身の命と引き換えに女たちを逃そうと言うのでした。


今回は第一次包囲網によって苦闘が始まる織田家の中で戦場に身を投じるようになった信正の姿が劇的に描かれていますね。ボリュームもあり、大変面白くて読み応えのある巻でした。
桶狭間の戦いを除けば、信長は大軍を用意して戦う前から勝利を得るための戦略を進める印象がありますが、それでも包囲網のよって敵は多く数的に不利な状況もあったわけで。
特に血気盛んな信正が死に至る危うさを感じられました。
戦の合間も信正なりの創意工夫の場面があったり、様々な人物との出会いがあったり。
父・信長や母・直子を始めとする家族との触れ合いのシーンも結構好きです。
特に庶長子である信正を前にした信長は嫡子・信重(後の信忠)や家臣の前では決して見せないであろう若き頃を思わせるくだけた印象が感じられました。
そして、後半にて信正が再会することになり、一時的に古渡城で共に過ごしたのが比叡山で逃がした僧の随風。
彼が後の天海であることは直子だけが知っているようで。*3
当時第一の知識階級といえば僧侶ですが、権力や色に溺れて腐りきった多くの坊主どもと違い、あくまでも真面目に修行に打ち込んできた随風にはさすがの信正も口では敵わないようで。まさに天敵のように思えましたね。
ということで、巻末書き下ろしはその随風の章でした。
日本の仏教各宗派の解説図解があるのは、読者にとってありがたいです。
明智光秀が後に天海になったという俗説がありますが、本作で採用したのは光秀ではないけど、ごく近い人物としたのが目から鱗
冒頭の城を追われる場面がすぐに思い至らなかったけど、後から思えばしっくりくるものがありました。年齢的に近いし、かの人物も前半生がはっきりしないですしね。
竹中半兵衛と並んで、信正にとっては苦手な人物が陪臣となって、今後やりにくそうではありますが。

*1:ただし、権限を持つのは長政ではなく反織田派の筆頭・久政

*2:史実では戦死

*3:この件に加えて、パンやピザの試行錯誤を考えると、やはり又聞きではなくて彼女自身が転生者であるとしか考えられない