荻原浩 『あの日にドライブ』

あの日にドライブ (光文社文庫)

あの日にドライブ (光文社文庫)

  • 作者:荻原 浩
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2009/04/20
  • メディア: 文庫

内容(「BOOK」データベースより)

牧村伸郎、43歳。元銀行員にして現在、タクシー運転手。あるきっかけで銀行を辞めてしまった伸郎は、仕方なくタクシー運転手になるが、営業成績は上がらず、希望する転職もままならない。そんな折り、偶然、青春を過ごした街を通りかかる。もう一度、人生をやり直すことができたら。伸郎は自分が送るはずだった、もう一つの人生に思いを巡らせ始めるのだが…。

主人公・牧村伸郎は大手都市銀行であるわかば銀行に勤めていた元銀行マン。
主人公の述懐によると、銀行では決して上司に逆らってはならず、上が黒だと言えば白くても黒くなり、何事も上司が最優先。休日だろうが呼び出しに駆け付けなければならない。
そんな彼が20年近く勤め上げてきたある日、たまたま若手の行員に対して理不尽かつ執拗に叱っていた支店長に本音を漏らしてしまったことで矛先が向いてしまい、結果的に辞職せざる得なくなりました。
40歳過ぎの転職は思うようにいかず、偶然見た求人募集をきっかけにタクシー運転手となるも、思うようにノルマを稼げない日々を送っています。
収入がぐっと減ってしまったため、生活をきりつめパートに精を出すようになった妻の顔色を窺う毎日。
銀行員時代からずっと仕事にかまけていたせいで娘と息子へと接し方さえうまくいかない。
しまいには慣れない生活とストレスで円形脱毛症になってしまった伸郎は妄想に逃げます。
人生のどこかで違う角を曲がっていたら、違うパートナーを得て、違う職業に就き、まったく違う人生を送ることになっていたはずであると。


人生をやりなおしできたら…というのは誰もが思い浮かべることかもしれません。
今の生活に不満があればなおさら。
高学歴と大手都市銀行勤めであることが拠り所であった伸郎にとっては今のタクシー運転手という境遇から抜け出せる幸運を手にすることを夢見ますが、現実はそう甘くなく。
甘く見ていたタクシー運転手の仕事はハードな上に思ったように稼げないわけです。
伸郎がつい回想するのは大学時代。狭い四畳半のアパートに下宿して、新聞サークルの代表を務め、そばには美しい彼女がいて……。


タイトル的にタイムスリップするのかと思ったのですが、あくまでも過去の回想が中心で、今の生活もそう悪くはないという落としどころで終わりました。
物語の起伏としては乏しく、日常が淡々と進んでいく感じです。
でも内容的には飽きることはありません。
ちょっと情けない伸郎の心情がわかりすぎて笑うに笑えなかったりもしたり。
銀行員とタクシードライバーという二つの職業の知られざる現実がひしひしと伝わってきますね。
組織の歯車として従順に働くことが必要とされる銀行員と、各個人の経験・読み・運などが左右するタクシードライバーというのが対照的でした。
妄想癖が現実にまで浸食したかのような行動を取るようになってしまう伸郎ですが、結果的にうまくいったから良いようなものの、一歩間違えていたら家庭崩壊していたんじゃないかって少し危ぶみながら読んでいました。