13期・48冊目 『黄蝶舞う』

黄蝶舞う

黄蝶舞う

内容紹介

平清盛が保元・平治の乱を制し、源義朝を死に追いやったのは有名な史実だ。そして嫡男・頼朝が囚われながらも死を許され、伊豆に配流になったのもよく知られる。
清盛亡き後、頼朝は平氏を滅亡させ、鎌倉幕府を開いた。史上初の武家政権。しかし、初代頼朝・二代頼家・三代実朝ら3人の源氏の将軍は、いずれも悲劇的な死を遂げている。その数奇な因果は何を物語るのか。
本書は、代表作『君の名残りを』で、タイムスリップ青春小説として平家物語の時代を描いた著者が、源家三代の将軍と、頼朝と北条政子の娘・大姫、実朝を暗殺した頼朝の子・公暁の5つの死を、妖しくも幻想的に描く連作時代小説である。死してなお続く清盛と頼朝の葛藤と、史書も記録しない頼朝の死の謎を描いた「されこうべ」をはじめ、実朝の死への道行きに寄り添った表題作「黄蝶舞う」など5篇の幻想譚を収録。

かつて平安時代末期にタイムスリップした高校生の男女3人が源平合戦および義経討伐に巻き込まれていくさまを描いた『君の名残を』
本作では鎌倉幕府を開いて実質天下を治めた源頼朝の晩年、呪われていたとしか言いようがない源家三代の将軍と長女・大姫、実朝を暗殺した頼家の子・公暁、それぞれ5人の死にざまが短編として収められています。
すぐ後の時代にあたるだけに『君の名残を』の世界観がそのまま続いているような不思議な感覚に囚われてしまいました。
頼朝を生かしておいたことが平家滅亡の引き金になったわけで、鎌倉時代は敵対する一族の復讐の芽を摘むため、女だろうが赤子だろうが容赦なく葬るのが当たり前になっていったのが凄まじい因果を思わせますね。


「空蝉」
二十歳という若さで死の病に斃れて、母・政子に見守れながら最期の時を迎えようとした大姫。
過去に源義仲との同盟の証としてその嫡子・義高と大姫の婚約が結ばれましたが、両源氏が決裂すると人質でもある義高の身が危うくなりました。
そこで大姫は身代わりを置いて、義高を逃がしたのですが、追手に捕まり斬られてしまうことに。それを聞いた大姫は悲嘆のあまりに伏せるようになってしまったのでした。
政略結婚ではあっても、幼き二人は親密な関係になっていた様子が伺い知れます。
以後、大姫は父が勧める婿をことごとく断ったとか。
身体が弱くて儚い姫の印象ながらも、最後まで意地を張り通した芯の強さが感じられました。


されこうべ
平治の乱で敗れた父と兄と同じく死が目前に迫っていた少年期の頼朝。
ある局の懇願のために愛用していた太刀と引き換えに命だけは赦されて伊豆に流されることになります。
やがて時が経ち、平氏を滅ぼした頼朝は清盛に奪われた太刀を取り戻すために平宗盛を引見するのですが・・・。
文覚上人の暗躍を始め、こういった歴史の狭間を描く話はやはり面白い!
特に天下人であった平清盛と頼朝との対面はその後の源平の逆転を予想させる屈指の名場面ですね。
頼朝が死の直前に落馬したというのも武家の棟梁としてはおかしな話ですが、彼だけには滅ぼしてきた仇敵が勢ぞろいして迫ってくる幻影に慄いていたとすれば納得できそうな気がします。


「双樹」
伊豆修善寺に幽閉されていた頼家は近くに湧く温泉に入ることだけが心の癒しとなっていました。
ある夜、寒さに耐えきれずに深夜に入湯した頼家の前にうら若き姉妹が姿を現して情を交わすようになります。
後世に知られる頼家の悪評も北条氏編纂の史書に記されていたことから、まさに北条氏が幕府内で権力を得るために犠牲となった人物。
かつては天下を治める征夷大将軍の地位にありながら、今では幽閉されて世捨て人然とした佇まいには悄然とさせられます。
死の直前、純粋な好意を向けてきた不思議な姉妹。それは近くに植えられていた木の精であったことに妙な余韻が残る最後でした。


「黄蝶舞う」
頼家の後を継いで三代将軍となった実朝が主人公。疱瘡に罹った彼を死の淵で呼び戻した女の声。ある日庭で見かけた童女。夜更けに見かけた髪の長く顔の半分が髑髏のように変化していた女。
それらは全て成仏できずにこの世に残った姉の大姫であった。
北条氏を始めとして権力闘争に余念がない御家人たち。
そして鎌倉を取り巻く死した者たちの怨念の数々。
実朝を通じて見る現世は不穏ばかりが目につきます。
そんな時期に将軍でありながら実権は無いに等しい実朝の心中がどこか世俗から離れて達観していくものであったことに納得でした。


「悲鬼の娘」
権力闘争に敗れて一族滅亡した比企氏の生き残りの娘・緋紗と生き残るために仏門に入った頼家の次男・公暁
緋紗は母から北条への復讐を子守歌代わりに聞かされて、公暁は幼い頃に見た実朝と正室の姿に本来は自分がいたかもしれない場所(将軍)をこの手にしたいと思うようになる。
やがて二人は妄執に操られるままに突っ走るも叶うことなく無残な死を迎えるという悲しい物語です。
公暁による実朝暗殺には不明な点あって、黒幕説がいくつもあります。
鎌倉時代における族滅の連鎖から零れた姫が一役買っていたというこの物語は最後を飾るのにふさわしかった内容でした。