12期・32冊目 『ファントム・ピークス』

ファントム・ピークス (角川文庫)

ファントム・ピークス (角川文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

長野県安曇野。半年前に山で行方不明となった妻の頭蓋骨が見つかった。三井周平は悲嘆に暮れながらも、遭難場所から遠く離れた場所で発見されたことに疑問を持つ。あれほど用心深かった妻に何があったのか?数週間後、沢で写真を撮っていた女子大生が行方不明に。捜索を行う周平たちをあざ笑うかのように第三の事件が起こる。山には、一体何が潜んでいるのか!?稀有の才能が遺した、超一級のパニック・エンタテインメント。

主人公、三井周平が体の弱い妻のためもあって長野県安曇野に越してきて数年。
土地に馴染んでいくと共に懸念していた妻の身体もすっかり良くなっていきました。
そんなある日、いつもの散歩コースに出た妻が行方不明になってしまいます。
半年後に遠く離れた場所から頭蓋骨のみ見つかったのですが、いったいに何があったのかはわからぬまま。その後、沢釣りに来ていた若者4人の中で一人、橋で写真を撮っていた女子大生が行方不明にに。
直後に今度は実家に来ていた母子が行方不明になり、子供は偶然発見されたのですが恐怖のあまりに口をきくことができなくなっていたのでした。


さほど山の深い位置ではなく、しかも近くにいた人が目を離した隙に女性ばかりが次々と行方不明に。出てきたのは靴や体のごく一部のみ。熊のような大型獣に襲われた可能性が高いと地元の警察や鑑定した研究者は判断せざるを得ないのですが、長野県あたりに生息するツキノワグマが人を襲うとは考えにくい。
実際に農作物や畜産農家の飼料を漁りにきたツキノワグマが射殺されたのですが、解剖された胃からは人間の身体の欠片など発見されませんでした。
ただし、発見された足跡が本当だとすると、グレズリー・クラスの巨大熊が山中にいることになりますが、それはいったいどこから・・・?


なぜ女性ばかりが行方不明になるのか?山には魔物でも棲んでいるのか?
非常に気になる前半部分です。
タイトルのファントム(亡霊)もあって、オカルト的な展開が待っているのか、あるいは見知らぬ進化を遂げた生物なのか?
途中で吉村昭羆嵐』が言及されていることから、正体はヒグマであることがわかるのですが、北海道にしか生息していないのにはずがなぜ長野にということでその出所も謎の一つでもあります。
捕獲作戦が始まるも、非常に賢く獰猛なヒグマの逆襲を受けて、その隔絶した身体能力の前には人など無力な獲物であることが痛感させられる描写。
一般に言われる熊の対処方法など、まったく役に立たない暴力的な脅威が真に迫ります。
人間の活動領域が広ったことや開発などによって自然破壊が進んだ結果、個体減少により絶滅の危機に瀕する動物の保護が重要となっていますが、一方で人里まで出てきた動物が農作物を荒らしたり、時に人を襲うという問題もあります。
今回のヒグマの件も、結局は人間の身勝手さが生んだ悲劇でもありました。
山で暮らしている多くの生き物は逞しくもあり、同時に脆さもあり、人はどう関わっていくべきか考えさせられる作品でもあります。
主人公の置かれている山中の雰囲気もよく出ているし、登場人物それぞれの抱く感情も程よく伝わってきて、全体的に良かったのですが、前半期待させられた分、意外性は少なくて肩すかし感がありました。
すぐ近くにいた人が気づかないほど巧妙に女性ばかり襲う*1なんて、どっちかというと野生動物というより、ゲリラのような人間ぽさが感じられたんですけどね。

*1:作品内では生理による血の匂いが原因ではないかと推測している