12期・3冊目 『レフトハンド』

レフトハンド (角川ホラー文庫)

レフトハンド (角川ホラー文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

製薬会社テルンジャパンの埼玉県研究所・三号棟で、ウィルス漏洩事件が発生した。漏れだしたのは通称レフトハンド・ウィルス、LHVと呼ばれる全く未知のウィルスで致死率は100%。しかし、なぜ三号棟がこのウィルスを扱っていたのかなど、確かなことはなにひとつわからない。漏洩事故の直後、主任を務めていた研究者・影山智博が三号棟を乗っ取った。彼は研究活動の続行を要請、受け入れられなければウィルスを外へ垂れ流すと脅かす…。第4回日本ホラー小説大賞長編賞受賞作。

本来はスキンケア製品を開発するだった製薬会社テルンジャパンの埼玉県研究所・三号棟では殺人ウイルスが漏洩し、自衛隊によって厳重に封鎖されていました。
内部ではウイルスの共同開発車である主任研究員・影山智博が三号棟を乗っ取って、実験用の素材(人間)を差し出せ、拒否するならばウイルスをばらまくぞと脅迫していたのです。
そこで多額の報酬と引き換えに新薬検査名目のアルバイト募集に応じてきた一般の男女二人が中に入るところから始まります。
1階から地下3階まではLHV(レフトハンドウイルス)と名付けられた危険なウイルスが蔓延しているために密閉されたゴム服を着て、幾重にも閉ざされたドアをくぐり、何度も洗浄を行って、ようやくセーフティと呼ばれるエリアまで辿りつく。
途中のハザードエリアでは鼠のような物体がガサゴソと蠢いていたのでした。


このウイルスというのが、当初の実験動物である豚から猿に感染させた際に変異して、左手が奇妙に膨れ上がり、心臓を始めとする体の機能が移っていき、乗っ取る形で左手のみの生命体として分離。残された本体は死に至るという。
左手から発して独立した生命体はウイルスをばらまきながら地下を走り回って人間に襲いかかっては爪で肉を千切り取って捕食するのです。
視覚聴覚も持ち、なぜか光を恐れるが、音に反応して興奮する。
インフルエンザのように空気感染するために封じ込めに苦慮していあわけでした。
三号棟の研究員の多くがLHVによって死んで左手のみと化していて、影山智博を始めとする内部で生き残った研究員はカクテルと呼ばれる薬でかろうじて対抗しているものの、体がウイルスに押し切られた途端に病状が進行するという状況。
影山智博はLHVの研究を進める上で、感染していないクリーンな検体を欲していたために二人の男女が新たに送り出されたのです。
そこには彼をテロリストとして諸悪の根源とし、会社はあくまでも被害者の立場に置きたいテルンジャパン、そして犯罪事件として公安に任せて自らは手を引きたい厚生省の思惑があったのでした。
そんな中で調査官として内部に赴いた津川は独自の生命体と化した左手に現存する生物からは失われた数々の特徴を見出して、その魅力に取りつかれてしまい、独自の行動を取ろうとしていました。


感染すると脱皮して左手だけの奇怪な生物になるという点が斬新であり、半ば騙された形で送りこまれた一般人男女がどういう運命に遭うのかというのがまず気になる点でしたね。
ホラー大賞受賞作品であり、確かにウイルスに感染した左手のグロテスクな生態について目に浮かぶほどに具体的に書き込まれている点などはホラー的と言えるかもしれません。しかし、その内容はどちらかというとSF、あるいは理系サスペンスと言えましょう。*1
LHVの位置づけや左手の生命体の説明なども非常に詳細に描かれています。
中盤以降の主人公となる津川が周囲を引っ掻き回し、更にそれに輪をかけるように介入してくるのが第11号棟の女性研究者・城ノ内。彼女が終盤の鍵を握るのですが、物語としては特に盛り上がりが無いまま淡々として進んでいった感じがして、どうにもだれてしまうのですよね。
それは津川以外、一般人男女にしても城ノ内にしても、どう好きになれない人物で、感情移入できないのもあったかもしれません。
最後に明かされた真実にしても、それはそれで面白くはあったのですが、展開としてはちょっと期待していたのとは違うかなという気がしました。

*1:都市伝説的ホラーな導入で始まった『リング』が続編で壮大なSFとして展開したように